


3月末から4月上旬にかけて、ニューヨークに行ってきた。菅付雅信編集長率いるカルチャー雑誌『インビテーション』が、彼の地のクリエイターたちに聞いた話を中心に特集を組むからだ。この時期だからテーマは、対イラク戦争が彼らの表現活動に与える影響について。アーティストのビル・ヴィオラ、森万里子、MoMAほかのキュレーター、音楽家の坂本龍一、ローリー・アンダーソン、小説家のポール・オースター、編集者のゲイリー・フィスケットジョン、映画監督のラリー・クラーク、建築家のリチャード・グラックマンら、30人ほどのインタビューが掲載される予定だ。
僕は米国以外にも文化的なバックグラウンドを持つ表現者と、雑誌編集者数人に話を聞いた。「表現者」とは、音楽家の池田亮司(日本)、アート・リンゼイ(ブラジル)、アーティストのリクリット・ティラバーニャ(タイ)、インゴ・ギュンター(ドイツ)、マラ・ゴールドバーグ(フランス)の5人である(括弧内は必ずしも出身地ではない)。イスラム系のアーティスト数人にも取材を申し込んだのだが、諸事情があり果たせなかった。残念!
表現者たちは、僕の担当分以外も含め、ほとんどが反戦、反ブッシュだった。一方、「戦争というテーマについてはコメントしない」ことを条件とした映画関係者、美術関係者もいる。大統領批判をしたために楽曲放送中止の憂き目に遭ったディクシー・チックス事件を受け、マドンナが「反戦新作ビデオ」の放送を自粛したのもこの時期だ。さまざまなビジネス上の影響を考え、口をつぐもうとする者がいることに不思議はない。
湾岸戦争以降で最大級と思われる「メディアウォーズ」もすごかった。メディア王ルパート・マードック傘下の『FOXニュース』を筆頭に、テレビ局はおおむね当局発表を垂れ流しにし、攻撃シーンに音楽を付けたり、戦地に赴いた兵士の家族を取材したりするなど、情緒的な報道で戦意を煽っている。大新聞も同様で、チェイニー副大統領がCEOを務めていたハリバートン社に、10億ドルとも目される戦後処理(正確には燃えた油田の処理)ビジネスが委ねられたニュースは、週刊誌『ニューズウィーク』にすっぱ抜かれた。「そんなことすら報道しない」と、高級紙『ニューヨークタイムス』を見限る者もいる。

がんばっていたのはフリーペーパーだ。週刊紙『ヴィレッジヴォイス』先々週号の特集は「Leftywood」(「左(サ)リウッド」?)。オスカー受賞スピーチで「恥を知れ、ブッシュ!」と叫んだマイケル・ムーア監督の写真などが並んでいる。先週号の特集は「嘘」で、銃や手榴弾やガスマスクを組み合わせてつくった「LiES」という文字が表紙を飾っている。「i」の上にある点はジョージ・ブッシュの顔写真。そのほか、『オニオン』紙などがブッシュ政権を揶揄するパロディ記事を掲載しているのが目に付いた。

こういった文化人の意見やカルチャーメディアの反応は、残念なことに日本ではほとんど報道されない。以前にこのコラムで指摘したように(「025 NYテロと文化人の声」)知識人の声は多少は聞かれるようになったものの、広くカルチャーシーンの反応をリアルタイムに近いかたちで伝えるメディアは、皆無と言っていいのではないか。僕たちは、いや少なくとも僕は、それをこそ知りたい。世界のカルチャーシーンの反応も併せて知ることによって、この戦争が世界に与える影響について考えたい。
その意味で今回の『インビテーション』誌には、大いに期待してもらっていいと思う。イラクでは民間人ばかりではなく、イラク軍のミサイルや米英軍の誤爆によって、ジャーナリストもむごたらしく殺されている。それに比べればわれわれの取材はピクニックのようなものであり、平穏なニューヨークを「戦時下」と呼ぶことすらおこがましい。それでも、こんな特集がないよりはマシだろう。5月10日にはぜひ書店に走っていただきたい。走れ!
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。