

タイのタムくんことウィスット・ポンニミットさんは、漫画家、アニメーション作家、またミュージシャンとしても活躍中。『ブンミおじさんの森』ではエンディング曲「アクロフォビア」を演奏するPenguin Villaのドラムを担当している。一般試写会前のトークイベントでは、タイ人にとっての幽霊や前世の存在、アピチャッポン映画のタイでの受け入れられ方について、soi musicの木村和博さんも交えて語ってくれた。タムくんのゆったりしたリズムの日本語と優しい笑顔が、会場を柔らかい空気で満たした。(司会はムヴィオラの武井みゆきさん)
アピチャッポン映画の魅力とタイでの反響とオバケ
武井:なぜPenguin Villaの「アクロフォビア」がエンディング曲になったのですか。
木村:前にアピチャッポン監督にインタビューしたとき話してたのは、映画の撮影中にスタッフがPenguin Villaの音楽をよく聴いてる内に映画のイメージになっていって、じゃあ使おうと。
タム:いいよね。
木村:ちょうどそのころのバンコクで流行ってる感じとかを、なんとなく映画を観ると感じるよね。
アピチャッポン監督は、現場でひらめいたことをパッと映画に使ったりしますね。
タム:撮影のとき、よく周りで遊んでる子供たちを入れたり。それが別に関係ないシーンでも使いますね。

カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したときに、審査委員長のティム・バートン監督が「とにかくサプライズがたくさんある」と絶賛したように、いわゆるハリウッド系やこれまでの映画にはないサプライズな映画だということですね。だからタムくんが言うように、周りで観てる人をいきなり映画に入れたり。
タム:そう、「何やってるのー?」って周りの人に言われて「映画撮ってるよー」って。
アピチャッポン監督はそういうハプニング的なインスタレーション作品もたくさん作ってますね。
タム:観るといつも違うことが見えます。タイの人たちはハリウッド映画を観ることが多いから、たまにこういう映画を観ると「いいね」って。今回の『ブンミおじさんの森』はタイでもすごく話題になって、いままでのアピチャッポン作品はそんなに簡単に映画館で観られるものじゃなかったけど、今回は大きい賞を取ったから、一応おしゃれなデパートのあるところの映画館とかで…。
デパート?
タム:おしゃれなお金持ちそうな人が行くような(笑)。アートの図書館とか展示みたいなのもあるところ。でも普通の映画館なんだけど。今回は賞を取ったからみんな「なに、なに?」って。僕も「なに、なに?」って。前のも賞を取らなくても観たんだけど、今回は観に行ったらお客さんいっぱい。アピチャッポンの映画をタイ人が観るんだーと。
いままでは海外で人気があって、特にフランスなんかではすごく人気のある監督なのですが、タイの人はあまり観てなかったんですよね。
タム:そう、良すぎてついていけない。タイにはハリウッドかタイの映画、特にコメディが多いです。オバケを茶化すようなコメディ映画だったり。
この映画にも実はオバケが…。
タム:タイはオバケが好きっていうか、いつもオバケがいるなーみたいな。死んだ親族とか、幽霊と「元気ー?」と話したりとかね。
カンヌで賞を取ったとき、「西洋だったらすごく怖い感じで幽霊が出てくる。生きてる人と死んでる人がぶつかり合うような設定が多いけど、この映画は普通に出てきて普通にしゃべってるということが新鮮だ」って言われたと、アピチャッポン監督がほかのトークショーで話してました。
タム:あ、それは言わないで…。(注:上映前なので気にしていた)
タイでは幽霊は普通にいるなって感じ?
タム:いるな、っていう感じです。よく死んだ人のことを思う。「元気かな?」とか「いるなら助けてよ」とか。それがレベル1。レベル2は「今度の宝くじは何が当たる?」と聞いたら夢の中に出てきて教えてくれるとか。レベル3では、有名な幽霊がいるという祠のようなところに行って、欲しい物を言って、それがもらえたら約束を果たしに戻る。たとえばタイのダンスが好きな幽霊だったらダンサーを連れていって見せるとか、バラが好きだったらバラを上げるとか。

前世を信じますか?
いまのタムくんの話を聞いたら、映画の中で起こることがちょっとわかってきます。あと『ロマンス』というタムくんの本の中にも前世の話が出てきますね。この映画の原題は実は「前世を思い出せるブンミおじさん」というのですが、タムくんは前世を信じてますか。
タム:うーん、まあ信じてるけど、信じてない。あってもなくてもこんなもんかという感じ。あってもおかしくないけど、なくても関心ない。でも、あるかなと思う。たとえばこの間インターネットで探したんだけど(笑)。英語のサイトだったけど、僕の前世はアメリカ人で地図を作る人だった。でもいま僕はすごく方向音痴な人だし、別にそうであっても「どうして?」みたいな関心はないです。
アピチャッポン監督によると、タイ東北部の辺りには前世を覚えてる人が多いそうです。タムくんの周りには前世を覚えてる人は多い?
タム:いっぱいはいないけどいます。別にオレの前世はこうだ、って言わない。でもわかってもどうしようもないですよね。あなたは前世で私の息子だった、と言われても、じゃあどうしよう、みたいなね。まあ、気にしてないけど、信じてます。
アピチャッポン監督は、自分の前世を思い出した子供が、前世のお母さんに会いに行ったりすると、いまのお母さんと前世のお母さんが揉めたりするような面倒くさいことになるから、前世を知るのも善し悪しだって、来日したとき話してました。

ところで、この映画は監督の出身地のタイの東北部で撮影されてます。まだ日本の旅行者はそれほど多くないみたいですが、とてもいいところだと聞いてます。タムくんはバンコクがベースだけど、東北部には行きますか。
タム:この間仕事で行きました。実はお姉さんは北部に住んでて、お父さんはバリバリ北部の人です。この間仕事で行ったら、すごく田舎の撮影だったけど、人の生活が見えましたね。けっこうみんな…ひま(会場爆笑)。のんびりしてて、やることがない。仕事はたぶん農業で、でもずっとやってるわけじゃないから。畑ばかりで、ずっと座ってて、犬と遊んだり。デパートとかないし、トイレ行くのがけっこう大変。撮影のときもトイレ行くのが特別なイベントだった。
タムくんもすごくのんびりして聞こえるけど、それよりもっと東北の人たちはのんびりしてる?
タム:そう、だって何もない。デパートもない。
デパートが好きですね(笑)。『ブンミおじさんの森』もペースがすごくゆったりしてるところは、タイらしい映画と言えますね。
タム:タイらしいし、そのタイらしいところを撮るのがアピチャッポンだと思う。「もう会話も任せる」みたいな感じ。すごく自然な会話です。「これをやれ」という感じじゃなくて、「こんな感じのことを話して」みたいな感じ。僕はアピチャッポンのやり方は詳しくはわからないけど、ストーリーが自然でいつもどこかへ逸れていっちゃうの。でもそれをそのまま撮るのはすごい勇気だと思う。初めは観ててイライラするんだけど、だんだん「いいじゃん」って思ってきますね。
音もすごくいいので、何も起こってないように見える場面でもよく画面を観て、音をよく聴いてもらうとすごく気持ちがいいですよね。
タム:あと言葉が違うんです。
この映画に出てくる人は東北の方言で話してますが、タムくんはわかりますか。
タム:バンコクで観たとき、タイ語の字幕がありました。だいたいわかるけどわからないところもあるから、字幕はとりあえずあったほうがいいです。
それとこの間、アピチャッポン監督の短編を観たとき彼もちょうどそこに居て、「面白かったー」って言ったら「どこが? 面白くないでしょ」って言われちゃって(笑)。彼は賞を取ったからといって何も変わらないんです。これも賞をとった作品だから、っていう気持ちで観るんじゃなくて、クリアな気持ちで観てもらうのが合ってると思うので、そういう見方で観てほしいと思います。
すごくいいこと言ってもらいました。ありがとうございました。

プロフィール
Wisut Ponnimit/通称タムくん。バンコク生まれ。1998年、バンコクでマンガ家デビュー。2003年に神戸へ留学。約3年間の滞在中にマンガ、アートを手掛けるほか、ミュージシャンとしても活躍し、日本のカルチャー界が注目する存在に。マンガ作品に『everybody everything』『ブランコ』など。現在はバンコク在住。『ビッグイシュー日本版』でマンガを、『cut』(ロッキング・オン)でエッセイを連載中。タイの人気バンド「Penguin Villa」のドラマーとしても活動する。3月5日(土)から4月9日(土)まで、キドプレスで個展を開催。
インフォメーション
第63回カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督『ブンミおじさんの森』
3月5日(土)から、シネマライズほか全国順次ロードショー
提供:シネマライズ/配給:ムヴィオラ
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。