
7月5日、下北沢 本屋B&Bで7月12日(土)より公開を控えている映画『大いなる沈黙へ —グランド・シャルトルーズ修道院』についての対談トークーベントが開催された。登壇者は音楽文化研究の小沼純一と建築家の光嶋裕介。専門性に長けた両氏により、映画についての対談が約2時間行われた。休憩時間には、グランド・シャルトルーズ修道院で11世紀から作られている「シャルトリューズリュキュール」の試飲会や、本作品配給担当者の「シャルトルーズ・ミュージアム紀行」のスライドショートークも。以下は対談の模様を要約したレポートである。

小沼:小学校から高校まで、カトリック系の学校だったので、信者ではないけれど、この映画の世界には親しみがある。タイトルの「沈黙」という言葉から、まず修道院を思い浮かべた。映画や音楽というものは、時間軸の何を切り取るかが重要。
光嶋:建築家として依頼された建物をつくっているが、その際に先を見るというか、未来予測をしながらつくる。この先何が起きるかわからないことが次につながる。でも、未来を考えることは、過去を学ぶことでもある。そんな事を考えさせられる映画だった。

小沼:準備に何年とか、撮影に何年かけたといった視点は、あまり重要ではない。そういう視点が入ると、作品そのものに向き合えなくなってしまうから。3時間近くある映画なので、直に体験しないとわからない。
光嶋:『ある精肉店のはなし』の纐纈あや監督は、こちら側の視点を上手く消して撮っていて、その絶妙さが凄い。『大いなる沈黙へ』のフィリップ・グレーニング監督の場合は、対象物に近い撮り方。まるで生身の体験をしているような印象を受けた。
小沼:光嶋さんが言った、監督と対象の近さがとても重要だと思う。例えば冒頭のシーンで、修道士が何をやっているのかよくわからない。カメラがあるから、修道士も何か感じているはずだけど、人がいても何かをやっている。その行為そのものが美しい。周りに人がいると、見られていることで行動がそれを前提とするけれど、この映画では、人が前にいるのにそれを無視していて、それが美しい。

光嶋:空間、建物、それらは人間がそこに居ることで成り立つ。時間も絶対に外せない。人間の時間軸と建築物の時間軸が噛み合わない。東京の建築は、経済合理性でどんどん建物が建て変えられるが、人間のスピードと合っていない。自分は建築が専門だから、目に見えるものを造っている。でも、見えないものに辿り着きたい。よく音楽を使って、建築を語る。周りの環境を考えて建築を造る。シャルトルーズは自然が凄い。あの環境も大きい。あの土地が選ばれた理由があるはずで、なんらかの霊的なものがあるだろう。時間を考えると音楽が重要。そして、なぜ現代の自分がこの映画にシンパシーを感じるのかというと、衣食住に修道士たちがダイレクトに関わっているからだと思う。彼らは進化する文明に惑わされていない。ゴミを出さず、修理をする。全てが循環し、ループしている。その暮らしに、ある種の羨ましさや憧れを感じる。

小沼:音を中心に映画を観ると、普段あまり気にしていない私たちの周りにある生活音に気付く。フィクションの映画には効果音が付くが、生活の中の音がいかに生き生きしていることか。石造りの建物の中だと音がリバーブ(反響)するというか、生きる。学生が以前、反響のある音がうっとうしいと相談にきたことがあるが、この映画では、人が歩く音や雪の中を歩く音、いわゆる自然の中の音がリバーブしている。普段は気付かないことを思い出させてくれる。

映画『大いなる沈黙へ』は、構想から21年の歳月を費やして製作され、長らく日本公開が待たれていた異色のドキュメンタリー作品である。舞台は、フランスアルプス山脈に建つグランド・シャルトルーズ修道院。カトリック教会の中でも厳しい戒律で知られるカルトジオ会の男子修道院で、修道士たちは毎日を祈りに捧げ、一生を清貧のうちに生きるという。自給自足、藁のベッドとストーブのある小さな房で毎日を過ごし、小さなブリキの箱が唯一の持ち物だ。会話は日曜の昼食後、散歩の時間にだけ許され、俗世間から完全に隔絶された孤独の中、何世紀にもわたって変わらない決められた生活を送る。ドイツ人監督のフィリップ・グレーニングは、これまで内部が明かされたことがなかった修道院の撮影を1984年に申し込み、16年後のある日突然許可を得る。彼は修道会との約束に従って、ただひとりカメラを携えて6ヶ月間を修道士と共に暮らし、礼拝の聖歌のほかに音楽を付けず、ナレーションも付けず、照明も使わず、あるがままを自然光だけで撮影し、これまで誰も体験したことない映画を作り上げた。

プロフィール
こぬま・じゅんいち/1959年生まれ。早稲田大学文学学術院教授。音楽文化研究、音楽・文芸批評。「音楽文化」の視点から、音楽、映画、文学、舞台、美術など幅広い著述活動を展開し、音楽誌、文芸誌などに寄稿多数。1997年度、第8回出光音楽賞(学術研究部門)受賞。主な著書に『オーケストラ再入門 シンフォニーから雅楽、ガムラン、YMO まで』(平凡社新書)、『武満徹 音・ことば・イメージ』『ミニマル・ミュージック』『アライヴ・イン・ジャパン』(以上、青土社)、『映画に耳を: 聴覚からはじめる新しい映画の話』(DU BOOKS)。訳書にミシェル・シオン『映画の音楽』(みすず書房・共同監訳)、マルグリット・デュラス『廊下で座っているおとこ』(書肆山田)など。坂本龍一総合監修による音楽全集「schola(スコラ)」シリーズの選曲・執筆にも携わる。
こうしま・ゆうすけ/1979年、米ニュージャージー州生まれ。建築家。少年時代をアメリカや日本で過ごし、中学はカナダ、イギリスに滞在。高校から再び日本に戻り、早稲田大学理工学部建築学科大学院卒業(石山修武研究室)。卒業とともにヨーロッパへ。ドイツの建築設計事務所で働き、2008年に帰国し事務所を開設。2011年、思想家・内田樹氏の要望に応え「宴会ができる武家屋敷」(合気道の道場兼自宅)として《凱風館》を神戸に完成させ、SDレビュー2011に入選。現在、首都大学東京都市環境学部助教のほか、桑沢デザイン研究所および大阪市立大学で非常勤講師める他、NHKWorld《J-Architect》の番組MCや、2014年7月からはじまる日本スペイン国交400周年記念《特別展 ガウディ×井上雄彦》の公式ナビゲーターに就任するなどその活動は、多岐に渡る。著書に『みんなの家。〜建築家1年生の初仕事〜』(アルテスパブリッシング)『幻想都市風景』(羽鳥書店)、『建築武者修行―放課後のベルリン』(イースト・プレス)、『死ぬまでに見たい世界の名建築なんでもベスト10』(エクスナレッジ)がある。
インフォメーション
7月12日(土)より岩波ホールほか全国順次公開
配給:ミモザフィルムズ
寄稿家プロフィール
やもと・たかこ/東京生まれ、茨城県育ち。大学では社会学と歴史学を、大学院では西洋美術史を学ぶ。1995年に岩波ホールへ入社。現在は宣伝を担当している。2012年4月より『こども映画プラス』の「こども映画図書館」のコラムを担当中。時おり『TRASH-UP!!』に、音楽記事も執筆している。