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Interview

043:内田伸輝さん(『ふゆの獣』監督・編集・構成&プロット・撮影・音響効果)
聞き手:松丸亜希子
Date: June 28, 2011
内田伸輝さん | REALTOKYO

2人の女と2人の男。4人の人物が奏でるアンサンブルは、ときに優しく響き合い、ときに激しくスパークする。監督とスタッフ2人、制作費は110万円というミニマムでシンプルな環境下で完成した『ふゆの獣』が、ワールドプレミア上映された第11回東京フィルメックスで観客と審査員を大いに魅了し、グランプリに輝いた。プロットとキーとなるセリフだけが書かれた脚本、それぞれが演じるキャラクターのバックグラウンドをベースに、即興で創造していくエチュードのアプローチとは? 劇場公開を控えた内田伸輝監督に話を聞いた。

昨年のフィルメックスで私も心を奪われて、劇場公開が決まって大喜びしました。役が乗り移ったとしか思えない4人の演技にぐいぐい引き込まれて、笑ったり泣いたり。新鮮な映画体験を与えてもらいましたが、監督はもともと画家志望だったとか?

 

はい、絵しかできなかったんです(笑)。小さいころからずっと描くのが好きで、絵画を勉強するために高等専門学校に進学して、ほとんど勉強せずに絵ばかり描いていました。国語の先生が映画評論に関心がある人で、授業で黒澤明の『羅生門』を観せてくれて。その後も何本か立て続けに黒澤作品を観て映画に興味を持ったんです。その先生は大学の映画学科の准教授になっていますが、いまでも付き合いがあります。

 

内田監督を映画に目覚めさせた恩師ですね。映画の勉強はどこでされたんですか。

 

専門学校には行ったのですが、ほとんどそれは機材を借りるため。パソコンで編集できる時代ではなかったし、撮影機材、編集機材もあり、スタッフもいるから、みんなで一緒に映画を作るために学校に行ってました。基礎的な勉強はしましたが、それが役に立っているかと言えば、立ってないような……。自主映画を作り、製作会社を転々としながら仕事をする中でテクニックを学んでいったという感じです。

 

内田伸輝『ふゆの獣』 | REALTOKYO
(c) 映像工房NOBU 撮影:斎藤文

即興でドラマを作り上げるエチュード

 

『ふゆの獣』は4人のキャスティングが絶妙ですね。

 

ユカコ役の加藤めぐみさんとサエコ役の前川桃子さんは、以前僕が撮影と編集を担当した自主映画で関わった人で、ぜひ参加してほしいとお願いしました。シゲヒサ役の佐藤博行さんとノボル役の高木公介さんはミクシィでの公募に応募してくれて、オーディションを経て起用しました。最初に写真と書類で選考して、いいなと思った人に、ぜひお会いしたいという返事と一緒に、演じてもらいたいキャラクターのバックグラウンドを送ったんです。「オーディションの日には、役になりきって来て下さい。なりきってもらった状態で、僕がインタビューしますから」と伝えて。

 

前作の『かざあな』でもありましたね。役になりきった役者に監督がインタビューするシーンが。『かざあな』では役者の名前が役名でしたから、なおさらドキュメンタリーを観ているようでした。

 

そう、まさにあんな感じです。『かざあな』でやったものをオーディションに利用したということなんです。それを何人かにやってもらって、この人しかいないという人を選びました。インディーズ映画界にはユニークな役者さんがいっぱいいて、みんなやる気に満ちていますよ。

 

ドラマなのにドキュメンタリーのような独特の空気にのめり込みながら観ましたが、どのように作っていったのでしょう。

 

いちばん最初は、シゲヒサの部屋で4人が対峙してから外へ出ていく、あの部分だけを45分間くらいの短編にしようと思って脚本を書いてあり、それを役者に渡して「この脚本を超える即興を見せて下さい」という課題を伝えました。さらに、撮影する分のキーとなるセリフと、主に心理描写を書いたプロットも渡して。動きとセリフのほとんどは役者が自分で考えて演じています。事前に4人に渡してあった各キャラクターのバックグラウンドには、その人物の生い立ちから現在に至るまでを細かく設定してあり、そこからそれぞれ役作りをふくらませてもらいました。

 

内田伸輝『ふゆの獣』 | REALTOKYO
(c) 映像工房NOBU 撮影:斎藤文

オーディションからクランクインまでは、どれくらいかかりましたか。

 

半月くらいですかね。決定したキャストと打ち合わせをして、すぐに撮影に入ったという感じです。最初は名目上「テスト撮影です」って言いながらやっていたのですが、結果的にテストにはならなかった。もうそれが本番だったんです(笑)。いちばん最初に撮ったのはノボルとサエコの公園でのシーンで、その日1日、2人で自由にデートしてもらいました。「ノボルはすでにサエコに告白していて、サエコはノボルを振る。だけど、ノボルは諦めないで食い下がって下さい。サエコはノボルを傷つけるようなことは言わないで下さい」と伝えてあとは自由に。最初のうちはそんな感じで進めました。シーンの説明をして、その日のプロットの中に、これはぜったいに言ってほしいというセリフはあるんですけど、もちろん正確に言う必要はなくて、そのニュアンスであれば噛み砕いて言ってくれてもいい。そうやって撮り始めたら、キャラクターが自由に動き出し、毎回やるたびにキャラクター相互のぶつかり合いがとても面白くて。これを使ったら後半が生きてくるなと、ノボルとサエコが公園で会うシーンを撮ったときから、これはもう長編でいこうと頭を切り替え、途中で前半を足したんです。

 

「グランプリは監督が私たちを信じてくれたおかげ」

 

キャストそれぞれの、またキャストと監督の息が合ったんですね。ずっとカメラを回していて、これはちょっとイメージと違う方向かなと思ったら、カットが入るんですか。

 

ゴール地点は決めてあったので、とりあえず最後までやってもらった上で、「今度は違う引き出しでお願いします」と。途中で話の筋がねじれた場合は、そこがよくないということを伝えて、もう1回最初からやってもらいました。そうすると、ちょっとピリピリしたムードになるのですが、逆にそれが面白い(笑)。

 

あのテンションの芝居をもう1回って言われても……。特にシゲヒサの部屋で4人が対峙するシーンなんて、何度もやれないでしょ。

 

いや、あのシーンは4回通しでやりました(笑)。そのころはもう、通しで何度もやることに慣れてきていましたから。1回目をやって、うまくいかなかった部分をそれぞれと調整して、もう1回やってもらって。NGではなく、基本的にぜんぶOKだけど、使うところを選んで編集して作ったということです。

 

4回も……。高木さんが演じたノボルなんて、号泣しながら鼻水まで出てましたよね。

 

そう、高木さんは「鼻水が出るのはおいしい」と思ったみたい(笑)。

 

4人それぞれのポテンシャルを最大限に引き出しているんですよね。役になりきって、想像力を駆使してセリフを考え、芝居を作っていかなければいけない。役者の素晴らしい仕事っぷりを引き出した監督の力量を感じました。

 

引き出すというより放置です(笑)。ただ撮って、その上でもう1回。怒鳴ることもなく、穏やかな感じで「もう1回やりましょうか」って言いながら最初からやってもらって。

 

みなさん、へとへとになったでしょうね。

 

すごく疲れてました(笑)。役に入るための、役作りに必要な映画や写真などあらゆる資料を見せたのですが、それを見ているだけで疲れてくるって……。

 

内田伸輝『ふゆの獣』 | REALTOKYO
第11回東京フィルメックス授賞式。グランプリを授賞して思わず涙が

フィルメックスの授賞式で、代表してスピーチした加藤めぐみさんが「内田監督が役者の演技を信じてくれたおかげです。ありがとう」って。私も思わずもらい泣きしました。

 

うれしかったですね。撮影ではみんな必死でしたから。道しるべというか、明確な演出がない状態でほぼ放置に近い形なので、自分で追求していかなければいけなくて。だんだん「これでいいのか?」という過剰なものになってきて。自ら追い詰めていくという、その状況を僕は待ってたんです。

 

フィルメックスの舞台挨拶では、みなさん「ふだんの私とはまったく違います」って言ってましたね。

 

ふだんと同じだったら問題ありでしょう(笑)。それぞれの役のバックグラウンドに自分を追い込んで、真逆の性格だろうと、ちゃんと演じてもらえたのでまったく問題なかったです。

 

要求している以上のものを、役者が見せてくれるという喜び。撮りながら、これどうなるんだろうと監督もワクワクしたでしょうね。

 

そうですね。撮っていて自分もワクワクしたいし、勝負したいんです。自分がドキドキしないのに、観た人がドキドキするのかなぁと思いますしね。

 

そもそも、こういう即興のスタイルは、ほかの作品に影響を受けたのでしょうか。

 

1作目の『えてがみ』はドキュメンタリーで、脚本がないノリの部分で映画を作っていったので、それを拡張するようにフィクションが作れたらいいなと思ったんです。恋愛映画に興味があり、やってみたいジャンルだったので、即興の恋愛映画ができないかなと。そして2作目の『かざあな』を作って、即興をやっている監督たちの作品もいくつか観てみました。『かざあな』を撮り終わった後に諏訪敦彦監督の『2/デュオ』を観たのですが、インタビューなども入っていて驚きましたね。ああ、これは真似したって言われるなと(笑)。あとはジョン・カサヴェテス作品とか、是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』『DISTANCE』『誰も知らない』とか。そういうものを観ながら、自分なりの模索をしていったんです。

 

エチュードは今後も続けていきますか。

 

クライアントがいたりすればまた別ですが、自主映画として作っていく場合はこういう路線で、さらに変化をつけてやっていきたいなと思います。

 

監督をサポートしたスーパーウーマンの存在

 

監督のほかに、スタッフは録音の日高隆さんと、もろもろの作業をこなした斎藤文さん。スタッフ3人とキャスト4人でこういう映画が作れるんですね。

 

『えてがみ』は僕が1人で撮ったので、少人数制に関しては抵抗なく。むしろ今回は、マイクを持ってくれる人がいてラッキーでした(笑)。

 

内田伸輝『ふゆの獣』 | REALTOKYO
(c) 映像工房NOBU 撮影:斎藤文

マイクと言えば、音声もかなり気になりました。ユカコとシゲヒサが部屋の中にいる最初のシーンでは、カーカーと鳴くカラスの声、ガタンゴトンという電車が走る音など、そしてユカコとノボルの地下道のシーンではポチャンポチャンという水の音などが際立っていましたね。

 

あの水の音は、撮影していたときに実際に聞こえていたのでそれを活用したんです。カラスや電車や踏み切りの音は、僕が録りに行って編集段階で入れました。映像を編集し終わって、どこか効果音で色づけをするという部分が欲しかったので。タイミングよくカラスが鳴いたり、踏み切りの音が鳴ったり、ノリツッコミみたいなリズムを出すというか。なんにも音がなくてシーンを見せていくと単調になってしまうから、効果音を入れることによってめりはりをつけていこうと思ったんです。

 

セリフが聞こえないくらい効果音が勝っていた部分もありましたが、私たちの日常に近くてリアルでしたね。

 

プロの音声マンではないので、至らない部分はあるのですが、効果音を入れることで確かにより日常に近づくというか。映像を見ていて、すべてちゃんと聞こえないといけないとは僕は思わないんです。日常の会話にもいろんな雑音が入ってくるし、聞こえなくて聞き返すことも多々あるし。そういう感覚を、映画の中でもっとやっていきたいなというのがありました。特にアフレコをすることもなく、音声は日常に近い感じですね。

 

内田伸輝『ふゆの獣』 | REALTOKYO
(c) 映像工房NOBU 撮影:斎藤文

照明は使っていないんですか。ラストの夕映えのシーンがとても印象的でした。

 

あのシーンだけはレフ板を使っていますが、ほかはすべて照明なし、現場のそのままの光です。

 

映像も美しいけど、斎藤文さんが撮影したスチールもとても美しいですね。

 

彼女は写真家で、この作品の中で流れるピアノも弾いています。デジタルカメラのムービー機能を使って映像も撮影してくれて。実は『ふゆの獣』が完成した後に結婚した僕の妻なんです。

 

素晴らしい夫婦コラボレーション! スチールとムービーの撮影、ピアノ、衣装などもろもろを担当して、そしてプロデューサーでもあるなんて。斎藤さんはスーパーウーマンですね。

 

今回初めて映画制作に関わってもらいました。衣装はほとんど私物で、ユカコが着ている服は彼女の私物。クレジットに「内田文」とあるのは、あまりにこなしてもらった仕事が多かったので、分けとこうかって彼女が……(笑)。

 

ムービーのカメラは監督と斎藤さんと、2台でどう撮り分けしたんですか。

 

途中でカメラを購入して、シゲヒサの部屋のシーンから2台で撮ったんです。僕が使ったパナソニックHVX200でどうしても撮りきれなかった部分を、サブのキヤノンEOS 5D Mark IIの映像で補う感じですね。質感がだいぶ違うので、わかる人にはバレちゃうと思いますが……。

 

110万円という制作費にも驚きました。みなさんノーギャラですよね?

 

そう、交通費や食事代は支払いましたが、ノーギャラです。英語字幕制作にけっこうかかりました。それと、シゲヒサの部屋を壊してしまって、その修繕費用も入っています。ちなみにあの部屋は、録音を担当した日高さんの部屋なので、借りる費用はかかっていないのですが。110万円の予算で作ろうと思って始めたわけじゃなくて、こまごましたものを積み上げたらその金額になったということなので、潤沢な予算があったらこうしたかったとか、そういうことも特にないんです。

 

今年の2月にロッテルダム国際映画祭でも上映されましたが、観客の反応はいかがでしたか。

 

シゲヒサの部屋のシーンから、日本の観客とほとんど同じタイミングで大笑いでした。『かざあな』でも真剣にやればやるほど笑えたので、そのテイストは『ふゆの獣』にもあるだろうな、笑いが出るだろうなという予想はついていたんですけど。撮影のときは真剣で、笑わせようという狙いがあったわけじゃないんです。狙っていたらたぶん白けてしまっていたと思うけど、編集段階では僕も笑いながらやってましたね。ロッテルダムでも、香港でも、Q&Aで「日本にはシゲヒサみたいな男性が多いんですか」という質問を受けました。「ゼロではないです。日本に限らず、ああいう人はいるでしょう」と応えましたが(笑)。

 

『かざあな』もですが、毎度ダメ男が登場しますね。シゲヒサも相当なダメっぷりでした。当人たちは大真面目だけど傍から見ると可笑しいということは、現実にもよくありますよね。内田監督は、これからも恋愛映画を撮り続けていかれますか。

 

ダメ男は、なんだか魅力があるんですよね。真面目なのに笑える状況は、常にいろいろな日常のシーンで見かけます。ねじれているのに本人は気付いていないという。そのねじれを見るのが逆に楽しかったりもするし。恋愛はいちばん人間関係が見えやすいし、今後も続けたいテーマですね。ただし、恋愛プラス社会。これからは社会性のある恋愛映画を作りたいです。

 

(※このインタビューは2011年6月1日に行われました。)

 

プロフィール

うちだ・のぶてる/1972年、埼玉県生まれ。画家を目指し油絵を学んでいたが、高校時代に映画に目覚め、絵筆をカメラに持ち替え独自の世界観を映像で表現し始める。長編ドキュメンタリー『えてがみ』が第25回ぴあフィルムフェスティバル/PFFアワード2003で審査員特別賞を受賞。第28回香港国際映画祭ドキュメンタリー部門でスペシャルメンションを授与されたほか、多数の国内外の映画祭で上映される。初の長編劇映画『かざあな』が第8回TAMA NEW WAVEコンペティション部門でグランプリとベスト女優賞をダブル受賞、ひろしま映像展2008ではグランプリ、演技賞、企画脚本賞をトリプル受賞。第30回ぴあフィルムフェスティバル/PFFアワード2008では、審査員特別賞を受賞。第27回バンクーバー国際映画祭ドラゴン&タイガー・ヤングシネマアワード部門で上映。3作目となる『ふゆの獣』が第11回東京フィルメックス最優秀作品賞授賞。ロッテルダム国際映画祭2011コンペティション部門、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2011、大阪アジアン映画祭2011、香港国際映画祭2011 Indie Power部門、ニッポンコネクション Nippon Cinema部門で上映され、台北映画祭、ニューヨークのJAPAN CUTSでの上映も決定。

インフォメーション

ふゆの獣

7月2日(土)〜、テアトル新宿にてレイトショー

公式サイト:http://www.loveaddiction.jp/

 

『ふゆの獣』公開記念 内田伸輝監督特集:『えてがみ』『かざあな』

7/23(土)〜29(金)、新宿K’s Cinemaで1週間限定上映

寄稿家プロフィール

まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。