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Interview

036:パーシー・アドロンさん(『マーラー 君に捧げるアダージョ』監督・脚本)
聞き手:松丸亜希子
Date: April 29, 2011
パーシー・アドロンさん(『マーラー 君に捧げるアダージョ』監督・脚本)| REALTOKYO

作曲家グスタフ・マーラーの生誕150年(2010年7月7日)と没後100年(2011年5月18日)を記念し、『バグダッド・カフェ』のパーシー・アドロン監督が息子フェリックスとともに脚本を書き、演出した『マーラー 君に捧げるアダージョ』。音楽が大好きという監督がマーラーと妻アルマ、そしてフロイトという三者が奏でるアンサンブルに込めた思い、プロデューサーでもある妻エレオノラと二人三脚で手掛けてきた映画制作の舞台裏について、公開に先立ち来日した際に聞いた。

パーシー・アドロン:マーラー 君に捧げるアダージョ | REALTOKYO
(c)2010, Pelemele Film, Cult Film, ARD, BR, ORF, Bioskop Film GmbH

映像と音楽が会話するように

 

作品のベースにあるアイデアが面白いですね。愛妻アルマの不倫にショックを受けたマーラーがその苦悩を書き付け、未完の遺作になってしまった交響曲第10番第1楽章「アダージョ」を分割し、ストーリーにからませていくという。

 

小さいころから合唱団で歌ったり、15歳のころはオペラのアリアを歌ったり、音楽はとても身近な存在でした。シューマン、シューベルト、ブラームスなど、クラシック音楽とともに育ったと言えるでしょう。ルイ・アームストロングも好きなんですけどね(笑)。そういった揺るぎないバックグラウンドがあるので、この作品でもコンセプトに縛られず、オープンかつ自由な気持ちで音楽に関わることができたと思います。脚本を書きながら、ここには27秒間の音楽が必要とか、こういうムードだからこの手の曲を探さなくてはとか、そういうことではなくてね。交響曲第10番第1楽章「アダージョ」という、苦悩の最中のマーラーが書いた象徴的な曲を、自分の中に染み付くまで繰り返し何度も聴いてからレコーディングをしました。フルオーケストラの演奏と楽器のパートごとの演奏をそれぞれ録って、それらを素材として溜め込んでおいて。そして編集段階では、映像を尊重して音楽を合わせるか、音楽を尊重して映像を合わせるか、イメージとサウンドが会話をするように心掛け、毛穴を全開にするような感覚で作っていきました。

 

原題を直訳した英題が『Mahler on the Couch』ですが、カウチの上でフロイトの診療を受けているマーラーがいて、彼が過去を回想するシーンはフラッシュバックで、近しい人々の証言はドキュメンタリーのようなカメラ目線の映像で挿入されるという構成もユニークですね。まさに映画そのものが交響曲のようです。

 

時系列でなく感情の系列にしたのは、とても自然な流れでした。最初フロイトはセックスに関する質問をしますが、マーラーは答えたくない。でもフロイトはそこにこだわって聞きたがる。あのへん、面白いでしょ(笑)? マーラーは自分の話しかしないんですよね。フロイトが罪について聞いても、「罪だって? 罪は妻のほうだよ。裏切った彼女が悪い!」の一点張り。しかし、フロイトのシンプルな言葉で刺激されながらマーラーが心を開き、すべてが明らかになっていく。精神分析の始祖とクラシックからモダンへの橋渡しをした作曲家という、2人の偉大な男たちの会話が奇妙ですよね。最後はためらいつつも、ニックネームで呼び合う仲になったりして(笑)。私は2人の感情の展開がとても面白いと思いましたし、精神科の医師たちが出席した試写会では、そういったシーンがウケて大笑いでした。

 

マーラーがフロイトに会ったという史実はあるそうですが、ああいうやりとりに脚色されたのがポイントですね。

 

伝記でも教育映画でもなく、エンタテインメントですから、イマジネーションの産物です。だからといって、あまりに荒唐無稽でウソばっかりだと思われてはダメ。観客に、ああ、そうだったかもねと納得してもらえるようなものでなくてはいけません。例えば、運河のほとりを歩き回ったらしいということもわかっているし、電車に乗りそびれて翌日2人とも帰っていったということもわかっている。だとしたら、あの辺にはそんなにたくさんのホテルがないから、もしかして2人は同じホテルに泊まったかもしれない、というふうに掘り下げてイメージをふくらませました。

 

監督の作品にはいつもユーモアがありますね。この作品も、深刻になりがちな物語に、くすっと笑わせてくれる場面がたくさん散りばめられています。

 

そう、深刻になりすぎないこと。いろいろなものがごちゃごちゃと混ざっているのが人生です。様々な事件がある中には不運なことや悲劇的なこともありますが、同時にその横で笑っている人だっている。現実の世界もそんなものですよ。

 

パーシー・アドロン:マーラー 君に捧げるアダージョ | REALTOKYO
(c)2010, Pelemele Film, Cult Film, ARD, BR, ORF, Bioskop Film GmbH

自然な流れで同じ道に進んだ息子フェリックス

 

息子のフェリックスさんは『サーモンベリーズ』などで一緒に脚本を書いていらっしゃいましたが、今回は初めての共同監督作品ですね。

 

一般的な長編作品の3分の1以下の予算で作らなければならなくて、低予算作品を監督することは、ものすごいストレスです。いつも時間に追われて、10時20分に時計を見て、10分後だと思ってもう一度見たらもう12時! 演技指導だけでなく、映画のスタイルの確立や監督として本当に描きたいものをきちっと詰めていく作業も必要だし、衣装、小道具、撮影監督、音楽監督など、スタッフ全員がたくさんの質問をしてくるし、記者発表のこと、天気予報のチェックなど、こまごまとした雑務もやらないといけない。時間だけがどんどん過ぎていきます。そこで、フェリックスと私は作業を分担しました。私はカメラのレンズの近くにいて、役者にとって最初の観客になる。フェリックスは編集担当と一緒にモニターの前に座って私たちのやり方にぶれが生じていないか、感情表現が足りているか、スタイルや動きをチェック。例えばジム・ジャームッシュ監督の作品のように1ショットでダーッと撮るのではなく、カットを多くして顔のクローズアップが必要だとか、こんな表情が欲しいとか、フェリックスがどんどん言ってくれました。『バグダッド・カフェ』では長回しを切りたくないと思ったこともありましたが、フェリックスはそんなことやってたら観客が眠ってしまうよと。親子なのでお互いを補い合えるし、愛情も信頼関係もあるし、好みや方向性も似ているので、一度もケンカすることなくうまく行きました。

 

すばらしいコラボレーション。もう1人の分身がいて、倍の作業量をこなせるという感じですね。

 

そうです、まさにその通り。私たちの大きな違いは、フェリックスはNYのイサカ・カレッジという名門の映画学校出身で、私は学校では学んでいない現場の叩き上げという点だけです。

 

うらやましい親子関係ですが、いつか一緒に映画が作れたらいいなと思って、子育てをされたのでしょうか。

 

フェリックスには強制していないので、自然な流れでしょうね。妻と私がずっと一緒に映画を作ってきて、うちの食卓にはたびたび映画関係者がいましたし、ジョークも映画ネタだったりと、そういう環境で育ってきましたから。ただし、本当に成功できるのはほんのひと握りで、ちょっぴりの栄光と多くの苦難という、容易ではない世界だということも熟知した上で彼は映画の道に進みました。

 

奥様のエレオノラさんはプロデューサーでもあり、『バグダッド・カフェ』では夫婦で脚本を手掛けていらっしゃいます。ファミリーメイドと言っていい映画づくりですね。

 

クレジットを、例えばエレオノラがプロデューサー、フェリックスと私が脚本、私が監督などと決めて、あたかも作業が分かれているように見えますが、実際は違います。フェリックスがプロデュースを手伝ったり、エレオノラが脚本を手伝ったり、お互いがお互いの作業をサポートして、相互にからみ合っているんです。エレオノラと私はいつも一緒に旅をして、常にいろいろなことを話します。映画はストーリーが大切で、基盤になるもの。すべてをそこに注ぎ込み、赤ちゃんが生まれるのと同じように物語が生まれる。30年前は私が1人でやっていた部分も多かったのですが、途中から私の家族が私自身や私のアイデアをサポートしてくれるようになり、とてもありがたいことですね。私は孤独なファイターではないんです。

 

パーシー・アドロン:マーラー 君に捧げるアダージョ | REALTOKYO
(c)2010, Pelemele Film, Cult Film, ARD, BR, ORF, Bioskop Film GmbH

日本の若いファンにも届けたい

 

監督にとっては身近な存在だったクラシック音楽は、日本ではマンガやドラマがきっかけで関心を持った人も多いのですが、そういう状況についてどう思われますか。

 

ははは(笑)。すばらしいことじゃないですか。ブンダダ、ブンダダとか、わずかなコードで構成されるつまらない音楽が流行っていますが、本物の音楽が、どんな形であっても若い人たちに聴いてもらえるならいいと思います。バッハ、中世音楽、ストラビンスキー。ビートルズだって素晴らしいけれど、それすらもだんだん埋もれてしまっているいま、きっかけがあるなら何だっていい。音楽言語はそもそも豊かなものですが、制限された音域しか使わないような平板な曲があふれています。豊かな音楽言語に触れて、これロマンチックじゃない? とか、これ聴くと元気になるねとか、そういうことでもいいんです。

 

昨年発売されたブルーレイの『バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版』を観て、監督のファンになった若い人も多いと思います。新しいファンに新作『マーラー 君に捧げるアダージョ』をどう届けたいですか。

 

ブルーレイは各国で発売されましたが、劇場で再上映してくれたのは日本だけ。すごくうれしく思っています。天からの贈り物ですね。新しいファンが、この作品で失望しないといいんだけど(笑)。ぜひ若い人にも観てもらいたいですね。

 

これまでの作品は、ドイツだけでなく各地で撮影されていますが、東京という街は映画の舞台としてどうでしょう?

 

コンクリートの中ではなく、できれば九州とか、地方に行ってみたいですね。東京の風景はニューヨークやシカゴとあまり変わらないし。でも、日本の人たちは他の国とはまったく違いますね。顔の表情や動作が違うし、とてもきれい好きで、料理の盛りつけはほんのちょっぴり(笑)。撮るためには、その場所を理解するためにしばらく住まないといけませんが、どこで物語が閃くかわかりませんし、この作品でアルマを演じたバーバラ・ロマーナーが日本人男性と恋に落ちるとか、どんな可能性だってあります(笑)。いつか『Kyushu Story』を作りたいですね。

 

(※このインタビューは2011年2月2日に行われました。)

 

パーシー・アドロン:マーラー 君に捧げるアダージョ | REALTOKYO
(c)2010, Pelemele Film, Cult Film, ARD, BR, ORF, Bioskop Film GmbH

プロフィール

Percy Adlon/1935年、ミュンヘン生まれ。ミュンヘン大学で美術史と演劇を学び、俳優、ラジオのナレーター、司会など多彩な仕事を経験。70年にはテレビで映画評論を担当。73年から放送局AKDで、アートや人間を描くドキュメンタリーの制作・演出・脚本を手掛けるようになり、81年に『Céleste』で映画監督としてデビューする。87年の『バグダッド・カフェ』が世界的に大ヒットし、注目を集める。 その他の代表作に『シュガー・ベイビー』(84)、『ロザリー・ゴーズ・ショッピング』(89)、『サーモンベリー』(91)など多数。 自分自身の一族へオマージュを捧げた『The Glamorous World of the Adlon Hotel』なども手掛け、現在も精力的に活動している。

インフォメーション

マーラー 君に捧げるアダージョ

4月30日(土)から、ユーロスペースほか全国順次ロードショー

宣伝・配給:レボリューション

公式サイト:http://www.cetera.co.jp/mahler/

寄稿家プロフィール

まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。