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Interview

024:熊切和嘉さん(『海炭市叙景』監督)
取材:白坂ゆり/取材・文:松丸亜希子
Date: December 28, 2010
熊切和嘉さん(『海炭市叙景』監督) | REALTOKYO

人生につまずきながらもなんとか歩み続ける人々を赤裸々に、ときにユーモラスに愛情を持って描いてきた熊切和嘉監督だが、この『海炭市叙景』は特別な作品となったに違いない。原作は、1990年に41歳で自ら命を絶った函館市出身の佐藤泰志が遺した未完の連作短編小説。映画化を推進していたミニシアター、シネマアイリスの菅原和博支配人の呼び掛けで、帯広市出身の熊切監督がメガホンを取り、函館市民とのコラボレーションで同市を舞台に架空の“海炭市”を作り上げた。北海道の温度や風土を肌で知る監督が、海炭市誕生の舞台裏について語ってくれた。

市民からの募金で1200万円を集め、市民との協働で作り上げたことが話題になっています。本作を監督することになった経緯から教えて下さい。

 

2年前、『函館港イルミナシオン映画祭』で函館を訪ねたときに、シネマアイリスの菅原さんからお話をいただいたんです。原作を読んで映画化したいと思った菅原さんは、作家の同級生や作品を研究されている方の集まりに顔を出したりして、呼び掛けをしていたようです。そのときは単なる映画ファン同士の雑談の中で「こういう企画があるけど、興味ある?」と。その後、僕も原作を読んで、ぜひやってみたいと素直に思いましたが、ある程度の予算を募金で集めるなんて夢物語のような気もしました。東京に戻って脚本の宇治田隆史や身近なスタッフに相談して、宇治田は「いいんじゃない」って言ってたけど、内心では実現しないだろうと思ってたみたいです。募金活動をすると新聞に僕の名前が出ちゃいますし、映画が実現しなかったら、もう地元に帰れないなと。「やっぱり鬼畜の監督だ」って言われそうで(笑)。でも、何度か菅原さんや実行委員会の方々とお会いして、熱さを感じましたし、期待して下さっているのもわかり、「みんなで心中しましょう」と(笑)。

 

熊切和嘉『海炭市叙景』 | REALTOKYO
(c) 2010佐藤泰志/『海炭市叙景』製作委員会

シナリオがない段階での見切り発車

 

これは実現できそうだなと思ったのはどの時点ですか。

 

募金活動はずっと継続していて、2009年の5月くらいにプロットはある程度出来ました。そんなとき、造船所のシンボルみたいな大型クレーンが急遽取り壊されるというんで、映像として残しておきたいと思い、シナリオもまだなかったんですが、見切り発車で先行撮影することにしました。冒頭の8ミリの、回想シーンです。実景だけ撮ると、いかにもな感じになっちゃうので、人物をからませたくて、なんとか現地の子供に出てもらって。物語とからむように、いろんなパターンを撮りました。それから宇治田が脚本を書いてくれて、同時にちょこちょこ準備はしていたけど、予算のこともあって、実はぎりぎりまでこの映画はどうなるかわからなかったんです。それで、2010年の年明けからやっと本格的に動き出したという。地元のオーディションも年明けで、2月には撮影だったのであり得ないくらいバタバタでした。

 

回想シーンで登場する子供たち、とてもよかったです。

 

まだ大人の役者が決まってなかったんですね。ほんとの兄妹をなんとか探して下さいと言って急遽集めてもらったのですが、すごくよかったです。でも、大人になると竹原ピストルになるという。子供のころはイケメンなのに(笑)。

 

ハハハ。竹原さんは、北海道で働く若者の姿を見事に体現していましたね。映画化した5編は、どんな基準で選んだのでしょう。

 

まず僕が4編を選びました。予算に見合うように、ドラマになりそうなものを中心に、バランスも考えて。僕も一応もう何本も撮ってますから、この予算ならこれくらいだろうというのが大体わかるじゃないですか。そしたら、菅原さんとプロデューサーの越川道夫さんに、もうちょっとスケール感が欲しいと言われて、もう1編を加えて。「じゃあ、3時間くらいに伸ばしますけど、後で尺を切れとか言わないで下さいね」って先手を打っておいたんです。念押ししながら進めたから、後で何も言われませんでしたよ(笑)。ただ、どうしても自分の好みが出ちゃって、不倫の話が2つ続いたりして、プロットも重過ぎるし、どうなんだろうって……(笑)。そこで脚本を作るときに、宇治田がもう3編くらいを合体させて要素を織り交ぜ、いまの形にしてくれたんです。スナックのエピソードは面白いなと思っていたんだけど、どう入れていいかわからなくて。宇治田が市電のエピソードとうまくからめてくれました。

 

熊切和嘉『海炭市叙景』 | REALTOKYO
(c) 2010佐藤泰志/『海炭市叙景』製作委員会

いくつかの物語の人物が交錯するカットが効いてますね。交錯している人もいればしない人もいて、目線だけだったり、人々の距離感にリアリティがありました。

 

これまでの作品だと、ついつい人物をくっつけたくなるのですが、そういう映画じゃないなと。言ってみれば、海炭市という街が主人公ですから。交錯するプロットは原作にはない映画のためのものですが、つなげようと思えばいくらでもできて、原作を読んでいるとヒントはけっこうあるんですよね。でも、あんまりはしゃぎ過ぎない映画にしようと思っていたので、そこは宇治田が抑制してくれました。

 

それぞれの物語もそうですが、あのシーンを思い出すと、街ですれ違う見知らぬ人にもいろんな人生があるんだなと感じます。映画を見ているときは、画面の中に没入するというより、画面の外に映画が出てきているような、映画と現実が接続しているような気がしました。ここは東京であっても、角を曲がると海炭市の人がそこにいるような気がずっとしています

 

うれしいですね。それぞれが本当に暮らしている人たちで、この話の前にも後にも人生があり、そこにちょっとお邪魔して撮るというような感じになればと。演出もいつものようにがっちり決めず、だいたいのことを言って、後は俳優たちが出来上がってきて、いい塩梅になったところでいつの間にか撮っているというのがいいなと思ったんです。撮り方はあんまり変わらないんですけど、南果歩さんが「こっそり撮られた感じがする」って言ってました。なんとなくそういうのが伝わったのか、自然とそうなったのか。

 

相互に響き合う、プロとアマのキャストたち

 

函館市民のキャストの方々が光っていました。「ネコを抱いた婆さん」のトキ役は、歓楽街で呼び込みをしていたお婆さんをスカウトしたそうですね。

 

トキのイメージって、自分の中ではわりとハッキリとあったのですが、オーディションに集まった写真を見たら、そういう人はいなかったんです。わりと上品で、佐藤泰志の原作を読んでいたり、映画好きだったり、インターネットを見ていたり。そうじゃなくて、「インターネットなんて知らねぇ」っていうような人をイメージしてて(笑)。それで、呼び込みをしていた中里あきさんに偶然出会いました。とても照れ屋なので、最初は演技がまったくうまくいかず、セリフを言うごとに「ほんとにやらすの?」という感じで僕の顔を見るから、「大丈夫です、OKです」って、僕やカメラマンの近藤龍人くんが言ってるうちに、ある瞬間吹っ切れたんですね。山中崇くん扮するまことが雪かきをしていて、トキが猫をあやしながら表に座っているという、あのカットのときに、映画のセリフで突然「給料上がったのか?」って、普通に会話が始まったんです。当たり前に言ってたんで、びっくりしました。でも、やっぱりたいへんだったみたいで、「もう二度とやらねぇ」って。このあいだ久しぶりに函館で会ったのですが、喜ぶかなと思ったら微妙な顔をしてました。シネマニラ国際映画祭で最優秀俳優賞を受賞して、知らない人に話しかけられたりするのも恥ずかしいみたい(笑)。

 

熊切和嘉『海炭市叙景』 | REALTOKYO
(c) 2010佐藤泰志/『海炭市叙景』製作委員会

「裂けた爪」の勝子役、東野智美さんも熱演でした。

 

見た目のイメージは合ったのですが、最初はあまりにも棒読みだったので、彼女だけ3回オーディションをしたんです。最初は「何でここに来たのか、自分でもわかりません」とおどおどしていて、その不安げな感じがいいなと思って。もっとうまい人はいたのですが、うまい人に不安げなふりをさせるのはウソっぽくなっちゃうから、本当に不安げな人に感情を出してもらったほうがいいなと。でも、2回オーディションしてもうまくいかず、3回目は1人で来てもらって徹底的に演出して。そうしたらいけそうな糸口が見えたんです。相手役が加瀬亮くんだったのもよかったと思いますよ。一緒に映画を作るという感覚の人だから。1つのエピソードに1日だけリハーサルの日を設けていて、その日は加瀬くんと僕と東野さんの3人でロケ場所に行って。僕は撮る側の言葉でしか彼女に伝えられないのを、「監督が言ってるのはたぶん、こういうことだよ」と、加瀬くんが役者として、演じる側にとってわかりやすく翻訳してくれるんです。それが大きかったですね。

 

素人のキャストを配したことで、プロの俳優たちにも影響があったでしょうか。

 

あったと思います。東京国際映画祭のときの記者会見で加瀬くんが「10年近く俳優をやってきて、自分に付いた余計な垢を意識させられて勉強になった」と言ったら、横で小林薫さんがぼそりと「だったら、オレなんて垢まみれじゃないか」って(笑)。薫さんは、素人の方と一緒に演じることは鏡になるって言ってましたし、山中くんは中里さんの迫力に「なんかもう、人間のすごさで適わないです」と、ヘコんでました。でも、山中くんが中里さんから引き出したということもあると思います。素人の俳優さんたちは、長ゼリフは平気で10テイクくらいになってしまいますが、そのたびに山中くんや加瀬くんは同じテンションでやってくれて、彼らのおかげが大きいですね。僕は大阪芸大時代から俳優科の人は使いたくなくて、芝居の訓練をして俳優を目指している俳優顔の人じゃなくて、同じ寮に住んでる味のある顔をしたヤツを無理矢理引きずり出すほうが好きだったんです。その感覚に近かったかもしれないですね。だけど、もっと予算があったら、たぶんビビって素人の俳優を使わなかったと思います。現場でどうにもならなかったらどうしようって、やっぱり怖いじゃないですか。キャスト費がないという現実的問題があって素人を起用したところもありましたが、今回は逆にそれがよかったのかもしれません。

 

冴え渡る音楽と映像

 

ジム・オルークのストイックな音楽もすばらしかった。初めて組んでみて、いかがでしたか。

 

ジムさんは、越川さんがプロデュースした足立正生監督の『幽閉者』に俳優として出ていて、ギター演奏もしていたんです。国際的に活躍している忙しい人なので、どうかなと思いつつ、ダメ元で聞いてもらったら「うん、問題ない。やるやる」と。全体のイメージを話して、2回くらい編集ラッシュを観てもらい、作ってもらいました。僕の勝手な印象で、きっと時間もないだろうし、即興でアコギを弾いたりする人なのかなと思っていたんです。ジム・ジャームッシュ監督の『デッドマン』では、ニール・ヤングが即興で弾いて、好きなところを使ってくれと言ったらしくて、そういうのを想像してたら、メールで「入れ所はどこからどこまでですか?」と、意外と細かく聞いてきて(笑)。「ジョージ・ロイ・ヒル監督の『スローターハウス5』の音楽の使い方どう思う?」「僕も好きだから、あんな感じにしたいな」とか、映画音楽についていろいろ話しました。音楽が先に立つのは好きじゃないと。僕もそれはわかるので、じゃあ、映画に寄り添うようにと。楽器の話もたくさん。ジムさんは楽器1つ1つに哲学があるんですね。市電のシーンで「チェロなんてどうですかね」と言ったら、「チェロを使うにはものすごく哲学的な理由がいる。いまは夕飯を作っているから、後でメールする」って。ところがメールは来なくて、翌日音楽が上がって来たんです。ちゃんとチェロが入っていて。哲学的な理由が見つかったんでしょうね。

 

熊切和嘉『海炭市叙景』 | REALTOKYO
(c) 2010佐藤泰志/『海炭市叙景』製作委員会

故郷の北海道を撮るのは、いつもよりやりやすかったでしょうか。

 

そうですね。函館には独特の色気があり、単純に風景が面白くて、わくわくしますね。だけど、これまでの映画やドラマのロケで使われてきたようなイルミネーションや美しい坂道なんかに、僕が興味あるわけないじゃないですか(笑)。観光映画にはしたくないと思っていたし。想像以上に寂しい部分があって、帯広もそうですが、駅前のさびれ具合にはびっくりしました。最初にイメージした場所があったとしても、ロケハンしながらイメージをすり合わせていくというか。場所に合わせて芝居を変えたりもしますし。これぐらいの予算の映画は、単にイメージを具現化するというより、天気や自然のことも含めてその場にあるものをどううまく味方につけるかという、それが大きいような気がしますね。

 

さびれた感じがありながらも映像は光と影が美しく、市井の人々への温かなまなざしも感じました。カメラワークが冴えてましたね。

 

撮影の近藤くんは大いに燃えてました。この作品の前は、いろいろと制約のある作品が続いていたみたいなので、久しぶりに純粋に映画が撮れたと。僕もそうです。まなざしを心掛けているわけではないけれど、自然とそうなりますね。きらびやかなものにはなから興味がないのと同様、単純にきれいごとだけをやるのは昔からイヤなんです。

 

プロフィール

くまきり・かずよし/1974年、北海道帯広市生まれ。大阪芸術大学の卒業制作『鬼畜大宴会』(97)が『第20回ぴあフィルムフェスティバル』で準グランプリを受賞し、劇場公開され大ヒットを記録。ベルリン国際映画祭パノラマ部門正式招待、タオルミナ国際映画祭グランプリに輝き、一躍注目を浴びる。PFFスカラシップ作品として撮られた第2作『空の穴』(01)では、ベルリン国際映画祭ヤングフォーラム部門正式招待、ロッテルダム国際映画祭では国際批評家連盟賞スペシャルメンションを授与される。その後、ヴェネツィア国際映画祭コントロコレンテ部門で話題になった『アンテナ』(04)を始め、『揮発性の女』(04)、『青春☆金属バット』(06)、『フリージア』(06)と、次々に意欲的な作品を発表し続け、国内外で注目を集める。『ノン子36歳(家事手伝い)』(08)は、雑誌『映画芸術』の「2008年度日本映画ベストワン」に選出された。続く本作『海炭市叙景』は、第23回東京国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア上映され、第12回シネマニラ国際映画祭でグランプリと最優秀俳優賞をダブル受賞。

インフォメーション

海炭市叙景

渋谷ユーロスペースほかで全国順次上映中

公式サイト:http://www.kaitanshi.com/

寄稿家プロフィール

しらさか・ゆり/WEEKLYぴあ編集部を経て、1997年、フリーのアートライターに。『美術手帖』『SPUR』『家庭画報インターナショナル』、ウェブサイト『アートスケープ』『PUBLIC IMAGE』などに寄稿。共著に『東京 古本とコーヒー巡り』(交通新聞社)など。

寄稿家プロフィール

まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。