

昨年のカンヌ国際映画祭<ある視点>部門特別賞、第10回東京フィルメックスで審査員特別賞を受賞した『ペルシャ猫を誰も知らない』が劇場公開されるに当たり、来日を予定していたバフマン・ゴバディ監督。しかし来日は急遽キャンセルに。パスポートの査証欄の余白がなくなり、ヨーロッパにいた監督が更新手続きのために現地のイラン大使館を訪ねたところ、「新しい法律ができて更新はイラン国内でしかできない」と断られたという。帰国すれば拘束もしくはパスポートを没収され出国禁止となることを憂慮し、監督は楽しみにしていた来日を断念。インタビューはスカイプで行われた。
危険と隣り合わせのゲリラ撮影
サラーム。ハウアーユー?
サラーム。監督は今どこにいるのですか。
クルド自治区の首都アルビル近くの小さな町、サラハディンにいます。安全な場所です。
今回の作品でテヘランを舞台にしたのは?
17年間テヘランに住んでいて、これまでの作品はクルドを扱ったものばかりでしたが、今回は音楽の力を借りて、現在のテヘランの本当の姿を見せたいなと思いました。
17日間で撮影したそうですね。ロケ地はどのように選んだのでしょう。
アンダーグラウンドで活動しているバンドがイランには3000組いると言われていますが、そのなかの何組かに撮影の2週間前に会い、練習場所として使っている牛小屋とか、彼らが実際に音楽活動をしている場所で撮影しました。衣装などについても特にリクエストをしていないので、彼らのリアルな姿そのままです。
牛小屋はとても印象的でしたが、匂いは大丈夫でしたか。
ばたばたしたせわしない撮影で、それがストレスになっていたので、匂いはそれほど気になりませんでした。警察に見つからないように、どの場所にも3時間くらいしかいられなかったので、撮影しては移動、移動しては撮影のくりかえしでした。バレて警察沙汰になると、彼らは音楽活動ができなくなってしまいますから。

イランには、ゴバディ監督のようにゲリラ撮影をしている監督はほかにもいるんですか。
知ってる限りではいませんね。私も初めて経験したくらいですから。普通40日間くらいかかる撮影を17日間でやってのけたのは、撮影の許可が下りなかったこと。そして、主演のネガルとアシュカンが撮影終了の夜にロンドンに出発することになっていたからです。
撮影中、最も危険を感じたのは?
2回あるんですが、1回目は「何をしてるんだ!」と民兵に呼び止められ、急いで逃げたので逮捕されずに済みました。2回目は、警察に捕まって警察署まで連行され許可書の提示を求められました。他の映画の許可書を友人に借りて見せたところ、数時間後に釈放されました。
それはどのシーンですか。
シェルヴィンが子どもたちに歌を歌っているシーンと、ネガルとアシュカンが車の中で練習をしているシーンです。

イランの便利屋、警察、そしてイスラム文化指導省
ナデルが印象的で、キーパーソンのようでした。ああいう人は実際にイランにいるんですか。
たくさんいますよ。ナデルは私のコピーみたいなもので、自分で演じればいいじゃないかと言われました。悩みを持っている人が来ると、本当は自分が励まされたいのに励ましてあげたり、希望を与えるということをしています。イランにはそういう役割の人が多ければ多いほどいいかなと。
ナデルみたいな便利屋さんがいないと、音楽活動ができない状況なのでしょうか。危険と隣り合わせで綱渡りのようですね。
危険を冒して芸術家や文化人の力になろうという人はけっこういます。若者の未来に希望を与えたい、何か役に立ちたいと、自分を犠牲にしているんですね。いつ捕まるかわからない、爆弾を抱えているような状態です。才能も学歴もあるんですが、自分ができなかったことを若者に託しているというところもあります。

警察に捕まるシーンで、イランの警察は言い方によって刑が軽くなるとか、ちょっといい加減なところもあるのかなと思ったのですが。
無罪なのに処刑されたり拘留されたり、そういうケースがとても多いので、イランの刑法、刑事裁判がいい加減だということを私なりに批判したかったんです。
イスラム文化指導省の許可は、すべての表現活動に必要なのでしょうか。
美術も文学も、すべてです。例えば音楽だと、録音した音源を持ってきてと言われます。お金をかけてCDにして渡すと、この部分の歌詞がよくないなどと言われ、実際にアルバムにするまでに長い時間がかかります。映画の場合、撮影の許可が下りても、完成したものをもう一度見せなければいけない。映画上映に当たりまた許可が必要で、テレビ放映にも許可が必要で、国際映画祭に持って行くにも許可が必要。次から次へと彼らが関わってくるので、あまりにも時間がかかり、夢をあきらめたり精神を病んでしまったりする人もいるくらいです。
バンドに女性ボーカルがひとりだとNGで、ふたり以上だとOKなのはなぜですか。
私にもよくわからないのですが、男性を興奮させるというような理由じゃないでしょうか。彼らは病気ですね。わけのわからない法律を作って、家ではこっそり女性ボーカルのCDを聞いてるんですよ。私は女性の声を聞くと、神に一歩近づくような感じがします。
監督の歌も聴きたいので、またぜひ歌って下さい。
実は今すごく頭痛がしていて、点滴を打ってきたところなんですよ。あんまり元気がないので、元気だったらここで1曲歌いたかったんですけど……(笑)。アルバムを計画しているので、出来上がったら1枚お送りしますね。

イランの若者のエネルギーになれば
ゴバディ監督は苦境にあっても屈せず作品を作り続けていますが、原動力はどこから?
どこからでしょうね。絶望に陥ることもありますが、絶望と希望を行ったり来たりしています。国に帰れないという、自由がない今の私の精神状態はよくありません。人はいつか死にますが、私としてはもうちょっと闘いたい、ここでくたばったらもったいないと思っています。ゴバディという人がこうやってがんばっているんだ、危険を負ってまで作り続けていて、その作品はどこかで上映されているんだということが、イランの若者のエネルギーのきっかけになったらと思って必死でがんばっています。
がんばってほしい! 応援しています。この映画に、婚約者のロクサナ・サベリさんがアドバイスをくれたそうですね。
彼女はずっと西洋にいた人で、イラン人とはちょっと違う考え方を持っています。西洋の音楽もよく知っているので、400曲を一緒に聞いて、どういう音楽がこの作品にマッチするかアドバイスをくれました。ロクサナとネガル、女性同士わかり合えるということもあり、おかげですばらしい作品ができました。
彼女は今はアメリカにいるんですか。結婚のご予定は?
今はフランスにいますが、これから合流してイラクに戻ります。結婚は……たいへんですよね(笑)。ふたりともとても忙しくて、そこまで考えていないんです。今後のことは今はまだわかりません。

プロフィール
Bahman Ghobadi/1968年2月1日、イラン・イラク国境近くのクルディスタンの町、バネーに生まれる。88年から映画制作に携わり、初長編作『酔っぱらった馬の時間』(2000)で、カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)と国際批評家連盟賞をダブル受賞。続く長編第2作『わが故郷の歌』(02)もカンヌ国際映画祭<ある視点>部門に出品。ふたたび高い評価を得た。2003年、イラク戦争終結後のイラクに入り、ドキュメンタリー『War is over?!』を製作。長編3作目となる『亀も空を飛ぶ』(04)をイラク領クルド人自治区で撮影し、現代の叙事詩と言えるスケールで世界を圧倒。サンセバスチャン国際映画祭グランプリを始め数々の賞に輝き、米アカデミー賞外国語映画賞のイラン代表にも選ばれた。長編4作目の『Half Moon』(半月)はイラクのクルド人自治区でコンサートを開くため、イラン側から国境を越えようとする音楽家たちのロードムービー。本作を最後にイランを離れ、現在は海外に居住する。
インフォメーション
8月7日(土)からユーロスペースほかでロードショー
公式サイト:http://persian-neko.com/
アメリカ盤サウンドトラックCD『No One Knows About Persian Cats』
Milan Records/¥1,985/2010年4月10日発売/MIL364832
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラムを執筆(1998-2008)。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』を連載中。
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。