

商業演劇の話題作を数多く発信しているのはもちろん、実力のある若手劇作家を丁寧に育てていくことこそ、東京渋谷のPARCO劇場の真骨頂だと思う。この5月、異端中の異端ともいえる劇作家、ポツドールの三浦大輔が『裏切りの街』で初登場する。現代の日本を象徴する性風俗や若者の生態を演劇として取り上げてきた三浦だが、初挑戦に期するものもありそうで——。
三浦さんは“セミドキュメント”というスタイルで一躍注目を集めました。ちょうど、静かな演劇がブームになり、“リアリティ”にスポットが当たっていたころです。
僕は松尾スズキさんに影響を受けた作風だったんです。実は芝居は学生時代でやめようと思っていて、就職活動もしてましたし、演劇に執着もなかった。それで最後に松尾さんのようなことをやるのはよそうと思って作った『騎士クラブ』が評判がよくて、注目も集まって、あとはズルズルと(笑)。
『騎士クラブ』は、前半は脚本を書いて後半は即興的に演じていくという、ドキュメンタリーの要素を取り入れた作品でしたが、うまくいくわけないだろう、ぐだぐだになって終わるだろうと焼けクソ気味で作ったんです。でも今考えると、それが意外に芝居の本質を突いていたんですよね。今まで戯曲や芝居はこういうものだというイメージにがんじがらめだったのが、解き放たれて、もっと大事なものがあるんじゃないか、単純なところに芝居の醍醐味や面白さがあるんじゃないかと気付いたんです。今はドキュメンタリーはやってませんけど、そのときの経験は大事にしています。
そして三浦作品といえば“性欲”を題材に、その向こうにあぶり出される人間味を痛烈に描き出す作品が多いですね。
下世話とか下品とか俗っぽくてもいいやと、逆にそういうもののほうが本質的なんじゃないかと。舞台においてはそう思ってやってます。お客さんに対しても「下品でもいいじゃん、見ちゃうでしょ、こういうの興味は引かれてるでしょ」っていう感じです。
性欲とか性に関することが多いのは、自分が興味があるからとしか言えないんですね。人間を描こうとか、普遍的なことを描こうとすると、必然的にそういうものが入ってきてしまう。そこにのぞく人間の本性や心の動きが露呈する瞬間が面白いんです。だから奇をてらっているわけではなく、それが書きたい、面白いから書いているんですよ。必要じゃなきゃやらなくていいんですけど、僕の場合は必要だと思っているんですね。

新作のテーマとキャスティング
『裏切りの街』についてうかがいます。どんな作品を作ろうというところから始まりましたか。
今回は暴力の描写はないし、性的な描写はありますけど、エログロと言われるような作品ではないと思います。PARCO劇場でやれることになって、今までそういう要素に頼りすぎていて、逆に人間の見つめ方が浅かったんじゃないかという反省があったんです。それで、ちょっと逃げてきた部分を今回はやろうと。ただ、見ていてイヤな気持ちにはなります(笑)。
自分が書けるテーマで、今やりたいことを考えたときに、松尾スズキさんと秋山菜津子さんに出てほしいと思ったんですよね。『裏切りの街』というタイトルで、裏切りの行為もありますけど、むしろ、いろんなものから逃げて逃げて逃げ切っている人、なまけたい人の話なんです。田中圭君と秋山さんが出会って不倫関係になるんですけど、そこで恋愛関係になって乳くり合っていたら面白くない。2人は惰性で会い続ける。なぜかというと逃げることを共有できるから。現実から逃げたくて、だらけたくてただ一緒にいる。そういう視点が新しいというか、意外に演劇で描かれることがなかったかもしれないと思ったんですよ。新しい価値観の提示にはなるかなって。
プロットや台本を拝見して、確かに物事に対して、責任の取らなさ、ひいては恋人や夫婦という関係の希薄さがすごく現代的な印象でした。
そこがやっぱり時代の空気とか匂いと合致しているなって感じたところです。ただそれを共感できるように描かないとダメだと思うんですね。不倫だし、ひどい恋はしているんだけど、逆に微笑ましいくらいに見せたい。裏切る行為自体そんなに悪じゃないんじゃないか、誰でも普段それを繰り返しているんじゃないかって思ってもらえたら成功です。誰しも小さなうそを重ねて生きていますよね、目をつぶって見ないことにしているけど、よく見ると裏切りの連続ですよ。みんな悪びれもせず、やってますでしょってことを言いたいんです。
キャスティングの狙いを教えてください。
松尾さんに関しては普段エキセントリックな感じが多いので、等身大のおっさんを見せてほしいなって。へんな動きやテレを押さえていただいて、まじめな松尾さんを見せてほしいですね。秋山さんには、きれいなんだけど強くて逞しいというか、かっこ悪くてもかっこ良く見せる女性を演じている印象があるんです。今回はみっともないというか、目も当てられないような弱い秋山さんを見てみたい。田中君は好青年とか演じているんだけど、見ていて、この人、黒いんじゃないかなって思ったのが発端です。グダグダなところを徹底的に演じてもらいたい。自分の中の黒い部分、質の悪い部分を出してほしいです。安藤さんは演技力があるし、なんでも演じてくれると思う。今回の場合は等身大でいてくれることが、いちばん生々しく見えるんじゃないかなって思うんです。

感情の曖昧さや揺らぎを描きたい
演出家としての三浦さんは、今回はどうなるでしょう。とっても細かい演出をすることで有名です。
ポツドールでは、ちょっとしたニュアンスであったり、そういうところを見せないと見せるところがないんですよ。そこがずれてしまうと何もなくなってしまう。だから厳しくやってますけど、今回は腕のある役者さんとできるからこそ、この芝居をやろうと思いました。作品の匂いはいつもと一緒かもしれないですけど、焦点の合わせ方は今までとは全然違う。それは何かというと、状況をいかに事細かにリアルに描くかということではなく、気持ちなんです。ただ、こんな気持ちの揺らぎまで描くか? というところを目指したいんで、役者さんに頼る比重は大きくなります。リアリティにもいろいろあると思いますが、今までが状況のリアルだとすれば、今回は気持ちのリアルなんですよね。
見た目に隠されてきた、三浦大輔の書きたい本質を強調した本ということになりますか。

舞台表現で今まで省略されてきたであろう部分を描きたいんです。舞台の人たちは「こういう感情の面白さは描いてこなかったでしょ」と思っています。つまり曖昧さ。感情の変化をわかりやすく結ぶんじゃなくて、点と点を結ぶ瞬間も人の気持ちは揺らいでいる。その細かい揺らぎを省略してまっすぐな感情を普通は描くわけで、それで善悪を分けてしまって物語をわかりやすくするのは邪道かなって。僕もやってきたことなんですけどね。そんなに都合良く人は動かないよってことなんです。
もう少し具体的に言っていただけると……。
人が何かをきっかけに頑張ろうとする姿を描くのはいいんです。ただそこで怠けたりしないか、ただ頑張れるかってことなんです。頑張って、でもまた折れて怠けてって、そこの揺らぎがあるはず。その揺らぎを描くことで面白くなくなってしまうと思うんです。でも揺らぎを強調して面白さですよって提示してあげれば成立するんじゃないかと。そこをやりたいのが今回なんです。今回は僕自身も逃げたらダメだと思っていますね。物語的な処理のしやすさに感情を転がした時点で終わりだと思っているので、そこはもう慎重にやっています。なんて大きいこと言って、風呂敷き広げて自分を追いつめていかないといけないかなって(笑)。
プロフィール
みうら・だいすけ/1975 年、北海道生まれ。早稲田大学在学中の96年に演劇ユニット「ポツドール」を旗揚げ。今最も注目を浴びる新世代作家・演出家のひとり。「リアル」なものを徹底して追求した「セミドキュメント」の作風を経て、ドキュメンタリータッチなものを巧みにドラマの中に取り入れた「リアリティのある虚構」を描く手法にたどり着いた。裏風俗店での乱交パーティに集う男女を超リアルな会話で描いた『愛の渦』で第50回(06年)岸田國士戯曲賞受賞。ポツドール公演としては、『騎士(ないと)クラブ』(00年)、『身体検査』(01年)、『男の夢』(02年)、『激情』(04年・07年/04年日本インターネット演劇大賞最優秀演劇賞受賞)、『夢の城』(06年)、『恋の渦』(06年)、『人間❤失格』(07年)、『顔よ』(08年)などがある。映画では、溝口真希子と共同監督した自主映画『はつこい』が、ぴあフイルムフェスティバル審査員特別賞を受賞(03年)。DVD 作品『ソウルトレイン』で脚本・監督を担当し(06年)、10年、脚本・監督映画『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(原作:花沢健吾・主演:峯田和伸)が公開された。
寄稿家プロフィール
いちこ・まい/高校・大学と美術を学ぶも、放送関係業界紙記者、演劇雑誌編集&ライター、パンフレット編集などを経てフリーライターに。現在は地方を拠点に、文化の横断的融合から生まれる可能性に興味を持ち奔走中。時折東京にもライターとして出没。さびしいからね。