

これまでの中短編で数えきれないくらい多くの賞を受賞し、期待が大いに高まる中、東京芸大大学院の修了作品『イエローキッド』を引っさげて長編デビュー。ユーロスペースでの上映を2週間後に控えた真利子哲也監督に会った。
『イエローキッド』の名場面はどう作られたか
いよいよ劇場公開ですね。初めての長編ですが、チームを取りまとめるのはたいへんだったのでは?
気持ちは同じですが、ずっとひとりで撮ってきたので、そういう意味では今回はだいぶ違うものになったかなと。自主映画でこういうのが撮れたらすごいだろうなっていうものを、芸大に入って理想的な形で作ることができました。スタッフやキャストと細やかなコミュニケーションがとれましたし、満足できる作品になっています。実は、撮影よりも今がいちばんたいへん。これまでほとんど取材を受けたことがなかったものですから(笑)。話すことも大事なことだと思うだけに、とてもたいへんだと感じています。
名場面がたくさんありますが、田村が商店街を歩くシーンはゲリラ的に撮影したんですか。
ロケ場所が決まったのが撮影直前で、許可は取ったのですが、通行人はエキストラじゃなくてふつうの買い物客。恐れていたのは、歩いている人たちが不審に思ってカメラやキャストを見てしまうこと。うまくいかなかったらまずいなと思い、ばっちり配置を決め、万全の体制で臨みました。空いていそうな午前中に行ってみたら、けっこう人通りがあって。1回きりということで、あのときはみんなハイになっていましたが、カメラマンが上手に撮ってくれました。

田村がひとり、真っ暗なジムでシャドーボクシングをしているシーンは、月明かりがリングを照らし、ブルーの画が印象的でした。全編を彩るチャンチキトルネエドの音楽もよかったです。
アメコミがモチーフなので色にはこだわりました。音楽は、チャンチキトルネエドの鈴木広志さんと大口俊輔さんが僕の後輩に「今度一緒に映画やろう」と言っていたと聞き、紹介してもらったんです。彼らも僕も即興好きという共通項があり、お金がない分、脚本段階からじっくり時間をかけて話し合って作っていくという方法で、お互いに楽しくやれました。
田村は両親が不在で、痴呆症の祖母と2人暮らしという設定でしたね。
脚本の最初の段階から決めていました。親は要らないと思ったんです。演じる遠藤要さんには、「だからと言ってかわいそうではなく、本人は当たり前だと思っている。そういうふうに演じて」と伝えました。「これってかわいそうな状況ですよね」と見る者を誘うドラマが嫌だったので、自然としみじみ伝わるようにしたかったんです。
『PASSION』の濱口竜介監督が出演していたような。
予算が少ないので、いろんな人にちょこちょこ入ってもらっています。セリフがある役はお金がかかって当然ということで、ちゃんとキャスティングしましたけどね。
ポツドールの舞台などで活躍する岩瀬亮さん、毛皮族の町田マリーさんなど、演劇界からのキャストもよかったです。岩瀬さん演じる服部は「まだ本気出してないけどね、本気出したらもっとすごいよ」などと、セコいキャラクターがリアル。監督自身が投影されているというウワサも…。
僕は本気出しましたけどね(笑)。岩瀬さんは人に紹介されたのですが、彼が出ているポツドールの芝居を見ていたので、ぜひ! という感じでした。服部は僕に似てるって言われるんですが、実は作品中に登場するアメコミを描いてくれた人がモデル。法政大学時代の同学年で漫画研究会にいた人ですが、現場にも来てくれた彼を岩瀬さんが観察して、キャラクターをふくらませてくれたんです。

本作の予算は200万円ですよね。もし潤沢な予算があったとしたら?
間違いなくボクシングの試合のシーンを入れたでしょう。ホールを借り切ってエキストラをたくさん入れて……、お金かかりますよねぇ。
これまでのこと、これからのこと
本作のテーマは「単体の複数性」とのことですが。
恥ずかしいので、スタッフには言ってないんですよ(笑)。これを撮るときにずっとお守りみたいにして心の中に持っていたんです。短編を作っていたとき、フィクションのつもりだったのにドキュメンタリーだと言われたりして、ひとつのものがいろいろな見られ方をするということ。途中である種の変身をする、田村というキャラクターにも生かされています。意識せずとも自然とそうなっている。今後もこのテーマは出てくるかもしれません。
法政大学時代は8ミリ小僧だったとか。芸大に入って刺激を受けましたか。
8ミリをやっている先輩がいて、教えてもらって撮り始めたんです。そうしたら楽しくなってしまって。芸大は、僕と前述の濱口監督は一浪してるんですけど、2人で「芸大がなんだ、1回落としやがって」なんて意気投合したこともあります(笑)。入学して、特に明確にこれが勉強になったということはないんですが、ただ間違いなくそこにいたことで何かが変わっていくんだろうなと。黒沢清監督や北野武監督との何気ない会話で得たものは多いと思います。
岡本喜八監督が好きとのことですが、現在活躍中の方だと?
小林政広監督は去年現場に携わらせていただき、影響を受けました。韓国だったらキム・ギドク監督やホン・サンス監督、ポン・ジュノ監督も好きです。

監督は東京出身ですが、東京を舞台にした作品は考えていますか。
韓国の作品を見ると、ソウルでも郊外でも、東京よりずっと魅力的なシーンが生まれているんですよね。小林政広組の撮影で初めて行った北海道や東北にも魅力を感じましたし、東京生まれで東京しか知りませんが、地方にも興味があります。次回作の構想はあるんですけど、東京で撮ることには特にこだわってないんです。
プロフィール
まりこ・てつや/1981年、東京生まれ。法政大学在学中から8ミリを愛好し、個人映画に感銘を受けつつ映画制作を開始。03年に『極東のマンション』で13の映画祭から招待され、ゆうばりファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを始め、7映画祭で受賞し一躍注目を浴びる。翌年に発表した短編『マリコ三十騎』では、世界で最も歴史のあるオーバーハウゼン国際短篇映画祭・映画祭賞を受賞。ロッテルダム映画祭など18の映画祭から招待され、2年連続となるゆうばり映画祭を含む9映画祭で賞を獲得して国内外から高い評価を受ける。その後、冨永昌敬、松尾スズキ、小林政広などの監督作品にメイキングディレクターとして参加。07年に東京藝術大学大学院映像研究科に入学して黒沢清監督に師事、09年に修了作品として監督した初の長編映画『イエローキッド』が、バンクーバー国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭、香港国際映画祭に招待された。
インフォメーション
『イエローキッド』
1月30日(土)からユーロスペースほかでロードショー
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。