
横浜の街を3拍子で歩く夢をみた。『ラスト・タンゴ・イン・パリ』のマーロン・ブランドのように、街中をゆっくりと踊りながら、空を見上げ、口笛を吹き、友達に声をかけながら、滑るように転げていく。街行く人はカラフルなflagを片手に僕に笑顔を投げかけてくれる。「どうだ、街は楽しいか」と微笑んでくれる。疲れることを知らない子供のように、はしゃぎ、ふざけ、驚いて、目を丸くしながら。

どうかしている。こんなはずじゃない。とっくの昔に足はつっていて、心臓はぱくぱくしている。身体はすっかり壊れているのに、頭だけ冴えきっている。それでも僕は立つ。行く。進む。楽しむ。
『BankART Life II』はそんな都市に棲み続けようとする人たちの夢だ。緊張感、裏切りと誠実さ、喜びとどん底、分裂と統合、躁鬱を繰り返し、そして幸せへ! 幸せ?

未知なる、眠っている空間を切り開いていく『Landmark Project IV』の今回の住処のひとつは市庁舎。村野藤吾の空間にビニールの花、奏でる竹、マスキングドローイングが挿入される。陥落不能と思えていた行政の真中心にドン・キホーテ。「市民は、そして職員は喜んでくれたのか?」
もうひとつはBankART NYKの屋上。『ルーフトップパラダイス』。最近まではNYKの3階が、ロープが無用に回り続け、ビニールの花畑からなる未知なる可能性のある空間(Landmark Project)だった。すでにそこは記憶の底にある。かつて団地屋上が飛び降り自殺のメッカとなったことを理由に、数10年間放棄されてきた都市の中のシャングリラ、曼陀羅の世界、すなわちルーフトップに今回は挑む。「空に近づくことはできたのか?」
『心ある機械たち』と命名した、機械と運動に焦点をあてた展覧会。ドコンドコンと「でくのぼう」。「あ」とか「う」とかの言葉にならない「音」を古いピアノが奏でる。目に見えない素粒子が巨大な子供を揺さぶり目覚めさせ、立ち上がらせる。音楽と運動と光。まるで心の通り道を見ているような優しい眼差しの機械。偉大な彫刻家の「ツバメ」の写真は何度みても涙が出てくる。もうひとつの謎解きは歴史的建造物の地下にある。重厚な石造りを支えるハイテク設備群の中の無数の人・人。
子供たちは動く物に、好きとか嫌いとかの前に好奇心を持つ。「獲物を捕らえる動物としての人類は目を輝かせてくれたか?」

102歳のダンサーの5度目の誕生日会。都市の中の巨大な空き地、新規開発・移動席のシステム。産業遺構「台船」による水の上の舞台、親指劇場。アジア、南米……多種多様な民族。劇場を捨てて街にでよう! とは、云うはやすし、やるは大変、実現すると感無量の世界。
週末のカフェライブは楽しい。展覧会と重なっていく時間芸術。友部正人、オムトン、のびアニキ……少しずつ身体がほてっていく。『BankART Life II』を楽しんでいる。
おなかがすいたらBankART Mini Kitchenへ。アーティスト、建築家、専門家による贅沢な至福の食と現代美術。「茶道や現代のカフェにみられるように、食文化は作法や空間、臭い、音など、他の全ての領域を飲み込んでしまう包容力と普遍性をもっています。美術の世界においても、フェルメールの絵に代表されるように『食』のもっている空間がその時代を代表するイコンとして表出されている例も数多くあります。この展覧会では、美術の視線を通して食文化を中心とした生活の中に潜む、プライベート性、地域性、共有性、暴力性、批評性、時代性、空間性を解き明かしていくことを試みます。横浜は開港以来、様々な異国の食文化を取り入れ、独自の文化圏を形成してきました。この展覧会では横浜のもっている食文化の歴史、豊かさにも焦点をあて、芸術文化と食との古くて新しいネットワークを探っていきたいと思います」これは5年前の『食と現代美術 part 1』のときの文章。この願いは現在も変わっていない。


『BankART Bank under 35』。巨大な台風のような横トリ開催中だからこそ、個人に焦点をあて、カタログをつくり、世にきちんと紹介していく。どんな状況でもアーティストは社会と1対1で対峙しなければいけない。
『開港5都市モボモガを探せ!』。内藤廣設計の巨大な駅コンコースに、函館、新潟、横浜、神戸、長崎の数百の「モボモガ」がゆらりゆらり。電車にのってどこかに飛び去ってしまいそうな不確かな風景。ここは巣鴨かというぐらいにお年寄りが集まったりもする。おじいちゃんとおばあちゃんと駅でデートなんてしゃれている?
タンゴからマーチに変わってきた。パティ・スミスの大好きな行進曲が何度も繰り返される。背筋を伸ばして大股で歩こう。街を行こう。時の裂け目など気にしない。裂け目に落ちるのも、裂け目を飛び越すのもよし。横浜は変わったか? そんな簡単に365万人の街が変わるはずもない。でもみんな楽器とflagを手に4拍子のリズムで街を歩こう。
「どうだ、街は楽しいか?」
寄稿家プロフィール
いけだ・おさむ/1957年、大阪生まれ。BankART 1929(バンカート1929)代表、PHスタジオ代表。84年、都市に棲むことをテーマに美術と建築を横断するチームPHスタジオを発足。ヒルサイドギャラリー(代官山) ディレクターなどを経て、2004年から横浜市が推進する文化芸術創造プログラム「BankART 1929」に副代表として携わる。06年より現職。