
(承前)
ようやく市村作知雄、相馬千秋両氏の話を伺うことができた。それは後述するとして、まずは前回に続いて「外部評価」をひとつ。ブリュッセルで開催されている領域横断型の「クンステン・フェスティバル・デザール」の創設者で、現在はウィーン芸術週間の演劇部門ディレクターを務めるフリー・レイセン氏によるものだ(原文は英語)。
注文の多い大胆不敵なフェスティバル
文:フリー・レイセン
F/Tは日本にとって、そしてアジアにとって重要なフェスティバルです。
日本人アーティストと西洋のアーティストが同時に紹介されるフェスティバル。
商業的な、あるいはお気楽な作品に流れることなく、現代芸術にラディカルに焦点を当てる、注文の多い大胆不敵なフェスティバル。
新作の製作に積極的な、そしてとても重要なことですが、現代の社会的政治的な諸問題を炎上させることに積極的なフェスティバル。
相馬千秋はこのフェスティバルを何年間も運営し、こうしたビジョンを守ってきました。
彼女が斬り捨てられたやり方は、個人的な、人間としての問題にとどまりません。
日本における芸術と芸術家の未来に、そして日本と世界との関係性に、不安をもたらすものです。
Frie Leysen, 10.1.2014
さて、市村・相馬両氏への取材だが、1月27日(月)にSKYPEを通じて続けて行った。まずはNPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)会長・理事にして、フェスティバル/トーキョー(F/T)新ディレクターの市村作知雄氏へのインタビューをお届けする。
市村作知雄氏インタビュー

(写真はすべてF/T事務局提供)
「パブリックでは選任できなかった」
相馬さんの突然の「退任」に驚きの声が上がっています。単刀直入に伺いますが、経緯と理由を教えて下さい。
市村:F/Tのディレクターというのは、どこで決まっているのでもなくて、うち(ANJ)が勝手に名乗っているものなんですよ。(2020年に)オリンピックが来るに伴って、いままでは東京都が主催(者)に並びながらやっていたのを、来年度からはもう少し自由度を上げるようにしてあげようと(都が)言ってくれて、(都は)助成金(を出す立場)に変わるわけです。公式にはどこにもアナウンスされていないんで、言っていいのかどうかわからないんですが、まあそれに伴って体制が変わる。そこで「ANJとしてはどうするんですか」という向こうの問いがあって、こちらとしては「こう対応します」と。要するに、東京都が主催から脱けるに当たっての対策です。
ということは、相馬さんをプログラム・ディレクターに留めるのでは、その新しい体制に応えられないというご判断ですか。
内部でのね。(ディレクターが)僕となったのは、そう考えざるを得なかったということです。
その理由は?
すいません。言えません。
普通「退任」の理由としては、任期切れ、健康など個人的理由、不祥事、予算超過、動員不足、プログラム内容の悪さ、人間関係などが考えられますが、その内どれでしょうか。
う〜ん、特定するのはちょっと難しい。
「言えません」と言われるとインタビューが終わっちゃいますねえ。
社長が部長になるに当たって、(理由を)発表する会社がありますか。あくまでもうちの都合です。発表する必要があるかどうかというのも考えもので、ディレクターがどういうものであるか、まだ発表していないし、本来的にはどうあるべきか論議があるべきなんでしょうけど、そう簡単な話ではない。
アーツカウンシル東京カウンシルボード委員の片山正夫さんは「F/Tディレクターの人事交代はパブリックな問題だ」とおっしゃっていますが、そうは思われませんか。
思わないです。形式的にはANJが事業を受けたと思っているので。そもそもアーツカウンシルとカウンシルボードの役割もわからない。あそこは三好さんという機構長もいるわけですが、機構長と片山さんたちの関係もわからない。
僕はアーツカウンシルとは無関係なので個人的意見は差し控えますが、「選び方はもっとパブリックであるべきではないか」というのが片山さんや内野儀さんのご意見でした。
パブリックではできなかったからディレクターが出来たんですね。ご存じの通り、日本ではこれまでディレクターシステムを取っているところはあまりなかった。そんな中でディレクター制度を作って、相馬千秋は当時30歳そこそこの女性だったわけですが、それをトップに据えてひとりの人間がどんどん決めていく。そういういうやり方は、日本の中で決して馴染むものではなかったんです。
市村さんご自身は、東京国際芸術祭をやっていたときの肩書きは何でしたっけ?
最初は事務局長、そしてディレクターです。
最後はエグゼクティブ・ディレクターとも名乗っていましたよね。
都とやっているときは事務局長で、完全に民営化したときにディレクターに変えた。関係が切れたんでディレクターと名乗れたんです。
で、F/Tの運営が始まったときには、一応はその形を踏襲して相馬さんがディレクターになったわけですね。
「なった」というか「した」というか。自然になったわけではないし。
その相馬さんに代わって、市村さんが新ディレクターに就任するわけですが、市村さんが相馬さんに勝る理由は何でしょうか。
「勝る」とか「勝らない」というのはちょっと違うと思う。優劣じゃない。
優劣が基準ではないとすると、何が理由なんでしょうか。
それは最初に言ったとおり、都が主催から助成に代わるに当たっての、我々が採った方法です。
その理由なんですが。
何度も言っているように、そこは話しません。
今後のF/Tはどう変わるか
質問を変えます。市村体制になって、F/Tの方向はどう変わるのでしょうか。時期的に参加アーティスト名はまだ挙げられないでしょうが、コンセプトを教えて下さい。
話したことがひとり歩きすると困るので、根本的なことだけ言います。社会とアートの関わりを中心にします。それから、アートの作り方についても、何らかの新しい方法を探っていきたい。
前者はこれまでのF/Tと変わりありませんね。「新しい方法」というのは、これまでの相馬さんのものとは違う方法ということですか。
違うか違わないかはわからないんだけど、ひとつ明らかに見ている方向があります。美術なんですよ。越後妻有(アートトリエンナーレ)のようなアートプロジェクト。どうも美術のほうが、いまは先に行こうとしている感じがある。10年前にはまったく流行らなかった現代アートがいまはこんなになっている、ということには非常に注目しています。
それは越後妻有などがやっている内容ですか、それとも方法ですか。
内容です。あれは一方的に「村おこし」と捉えられているけれど、そんなものじゃないと僕は思う。ここは東京だから、そんなことはできないし必要ない。
具体的にはどんなことをやるんでしょう。
ひとことで言うと「作品というものを作らなくなったら」ということ。作品の概念が変わってきているわけです。作品の概念が変わればアーティストの概念も変わる。すべてが変わる。数千年のアートの歴史を変えるようなインパクトがあるんです。
越後妻有では作品が作られていないということですか。
いやいや(笑)、美術館で展示するような作品に興味があるわけじゃない、ということです。「もの」が出来る、ということ自体が変わってきているんじゃないか。
物理的なものでない作品が出来ているということですか。
美術ってほかのアートとまったく違っていて、美術だけがものとして商品になり得ると思うんです。そこが、美術やってる人と舞台やってる人の根本的な違い。だから美術の人は作品としてものを作り、それが美術館に置かれて観客が対峙し、鑑賞する、ということが疑われてきているんじゃないか。
つまり、越後妻有のように、自然の中に観に行くという体験のことでしょうか。
その「観に行く」という言葉にも引っかかる。それは、向こう側に作品があって、こちら側に観客があって観に行くということでしょう。そういう概念がひっくり返ってきているんじゃないか。越後妻有などのアートプロジェクトで、全部とは言いませんが、何人かの作家はそういうことをやっています。要するに、作品作らないなあ、と。
具体的にはどんな作家ですか。
例えば「かえっこアート」とかあったじゃないですか。あれは、ものとしての作品があったとは僕には思えない。ああいうものは、どういうふうに解釈しますか。
えーっと、僕が聞き手なんですが、まあいいや(笑)。「かえっこ」の藤浩志さんは、アート史的には「リレーショナルアート」「関係性のアート」に括られる作家でしょうね。そういうことですか。
まあ、それも含めて、演劇がどうなるのかを考えている。昔から、白いキャンバスに向かって絵を描くという行為がありますよね。あれを舞台芸術に当てはめると、白いキャンバスに当たるのは劇場ではないか。美術の世界でキャンバスから出ていくものが生まれていると思うんですが、それと同じことが舞台芸術でも起こるのではないか。
劇場の外に出るということですね。でもそれは、Port Bの高山明さんやリミニ・プロトコルの作品など、相馬さんがF/Tですでにやってきていることではありませんか。それとは違うことをやる、あるいはそれを超えるということでしょうか。

(c) Masahiro Hasunuma
超えるというのではなくて、そういったものでしょう。でも、そればかりというわけにはいかない。
「そればかりではない」というのは、具体的には?
別のジャンルからいろいろなものが入る。もう、あんまりジャンルにこだわってもしょうがないです。僕のアプローチは、舞台芸術から出発して垣根を越えていこうというもの。美術の人も美術から出発して垣根を越えていこうとしているんでしょうが、出発点は違っても、それほど違う方向を見てるんではないと思うなあ。
それが越後妻有ということですね。
いや、最初に越後妻有と言ったからそればかりになってるけど、そうではなくアートプロジェクトと呼ばれているもの全般です。
というとほかには?
例えば取手アートプロジェクトや、千住(「アートアクセスあだち音まち千住の縁」)とか。大友(良英)さんが凧を上げたりしてたでしょ。
でもそれでは同じようなプロジェクトばかりになって、差別化が図れなくなりませんか。
なるでしょう。どうしますか?
またですか。僕がインタビュワーなんですが(笑)。
美術のことは、僕よりあなたのほうが詳しいでしょう。
いやいや、今日はただの聞き手ですから。まあ僕が思うには、いろいろなイベントが数多ある中で、相馬さんがやっていたF/Tは非常に個性が際立っていて、なぜディレクターを辞めるのかが大きな疑問ですね。
ああ、また振り出しに戻ってしまった(笑)。何を言えば満足するの?
「実は後悔している」
相馬さんをF/Tのディレクターに据えるとき、市村さんは記者会見で「これからは議員代表制ではなく、大統領制にする」とおっしゃいましたよね。非常にいいことをおっしゃるなあと思って記事にしたことがありますが……。

実は後悔してます。
え? なぜですか。
ディレクター制度というものをかなり偏った理解をしていた。あのころは勉強不足だったと痛感しました。それほど単純なものではないということがわかったんです。たったひとりの人間が何でも決めていくんだみたいに捉えられちゃった。僕自身もそう思っていたわけで、だからしょうがないんだけど、そのもとにどういう体制を作るべきなのか考えてみたら、いまだったらコ・ディレクター制度のほうがいいんじゃないかと思う。
複数の共同ディレクター制度?
ええ。やっぱりいまの時代は、話し合いをしながら、複数の人間で決めていくことがいいんじゃないんだろうかって思うんです。ディレクターだけじゃなくて、プロデューサーもアーティストも同じ概念で捉えていきたいんだけど、演劇においてひとりのディレクターがすべて決めていくっていうやり方は、美術で言うとひとりのアーティストがすべて描くっていうことでしょう。近代の、個人を核にするという。それよりも、複数で決めていくことを射程に入れておくほうがいいんじゃないか、と。
でも今回は、相馬さんというひとりのディレクターが退任して、市村さんというひとりの、複数ではなく単数のディレクターが就任するわけですよね。
えー……そこは変わってゆくと思います。
いまは市村さんおひとりだけれど、複数ディレクター制度に変わってゆくと。
早急に変わると思います。
いつごろ?
それは言えません。こういうことをオーソライズするには、様々なネゴシエーションが必要なんですよ。お金を出してくれているところはいるし、我々はお金を持ってない。お金を持っている人たちの力は強大なわけですから。我々が「はい、3人にします」なんていうことは勝手にはできないです。
それは、最初におっしゃったことと少し矛盾しませんか。ANJの内部問題だっておっしゃいましたけど、今回の件でも、様々なネゴシエーションは当然されたわけですよね。
はい、当然。金を出してくれる人とか、劇場を持ってる人とか、様々なステークホルダーがいるわけですから。自分のお金でやってれば別でしょうが、勝手にはできない。
市村さんは相馬さんのプログラムをどのように評価されていたんですか。
演目ですか? 全部が全部とはいかないでしょうが、かなりの作品が素晴らしいんじゃないでしょうか。僕はこれまで、まったく企画内容に口を挟んでこなかったんです。組織的には僕はANJの会長で、F/Tの実行委員長でもあるから、力関係から言えば口は挟めるわけですよ。でも、そんなことすると喧嘩になるからね。世の中、昔の社長といまの社長は絶対に喧嘩するし、前ディレクターといまのディレクターは仲がよかった試しはない(笑)。それはよく知っていたから、やるからには絶対口は挟むまい……と思っていたんですけれど、それがよかったのかどうかは検証してみないとわからないですね。正解だったのかどうかはまだわからない。僕の中でも時間が必要です。
個別の演目で、「トラブルを引き起こした」と噂されたものがありますよね。ポツドールが全裸になる作品を上演したり、リミニ・プロトコルが市民参加作品の中で原発に関する質問を出したりしましたが、こういうことについて、市村さんはどう思われますか。

(c) 曳野若菜

(c) Shun Ishizuka
東京都や文化庁はお金を出してくれているし、東京芸術劇場は劇場を貸してくれている。ということは、相互に拒否権を持っていると思うんです。拒否権を出させないようにするためにどのくらいネゴシエーションをするかが問題で、ディレクターであろうと何であろうと、東京都だとか自治体を無視することはできない。助成金は採択されないか、採択された後に「違反ですよ」と言われて取り消しとなるわけです。それは向こうの権限だから。だから、お金を出してくれる人に「絶対にやらないで」と言われちゃったら、僕はできるとは思えない。そんなシチュエーションにならないように持っていかなきゃいけないんで。
トラブルや困ったことはもっといっぱいありましたよ、いろいろ(笑)。僕としてはその辺も後悔してるところなんだけど、そんなこと言ってもしょうがないですね。
肝心のことが伺えないので残念ですが、最後の質問です。6年前にANJがF/Tを引き受けたとき……。
F/Tではなく、東京がやろうとしていた(2016年)オリンピック誘致のフェスティバルです。F/Tという名前は相馬が考えて……。
そのときに、当時はANJ以外に引き受け手がなかったかと思いますが、今後、F/Tの運営主体が変わる可能性は当然あるわけですよね。最大のライバルはどこだと思いますか。
う〜ん……。ライバルというのは、同じ目的に向かって進んでいて切磋琢磨していく相手のことだと思うんだけど、そういう意味でのライバルは見つかっていない。まったく違うアプローチでやっている大きな組織はいっぱいあると思うんですが、ライバルという気持ちではないですね。KYOTO EXPERIMENTが東京に進出して、ものすごく大きくなったら一応ライバルかもしれないけど、じゃあジャニーズはどうですかと聞かれても、そんなものライバルでも何でもない。松竹でも、ホリプロでもね。
昨今はそういう商業的なプロダクションが公立劇場にも入ってきていますが、F/Tにそういう演目が入ることはありえますか。
難しいけれど、2020年まで我々がF/Tをやっていたと仮定した場合、そういうことが起きないとは限らないでしょう。オリンピック当年のフェスティバルというのは、相当に性格が違うものだと思うんですね。「その年はどうなの?」って言われれば、まだ想定していないけれど、そういうところを完全に無視してできるのかどうかはわかりません。オリンピックのアートフェスティバル全体を担当するディレクターが、たぶん出てきますよね。その考えを聞いて、なるべく一緒にやっていければいいなと思っているんですけど、どうなんでしょう。誰がなるとも、方針がどう出るとも聞いてないし。
当年の2020年以前に、プレイベントが開かれる可能性もありますよね。
このフェスティバル(F/T)の成り立ちが、もともと(2016年五輪の)誘致のために作ったものが出発点なんです。で、(2020年五輪の東京開催が決まって)誘致活動が終わったじゃないですか。来年からはどうなるんですかねえ。誘致のためではないですから、聞いてみないとわからない。「プレ」という名前を付けるのか、まだ東京都の組織委員会が出来てない段階だし、都知事選が起きるなんてまったく想定してなかったし、どういう方針が出るかわかりません。わかってる人なんていないでしょう。
なるほど。ありがとうございました。
市村氏インタビューは以上。次回は、相馬千秋氏へのインタビューと筆者(小崎)の分析・意見を併せて掲載する。
(この項続く)
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。