
(承前)
ACTカウンシルボード委員である片山正夫氏も内野儀氏も、プログラム・ディレクターの指名についてのルールがないことを問題視している。今後、ディレクター交代に当たっては、公正なルールを作り、同時に、前任者の業績評価をきちんと行う必要があるだろう。片山氏はこう語る。
「新たなディレクター人事に際しては(前任者の)これまでの業績をどう評価するかということが大事です。後に続く人にとっても希望を持って見られるキャリアですし、好き嫌いというレベルではなく、功績も負の部分も公正に評価すべきでしょう。国際フェスティバルである以上、都民の反応がすべてではない。ある程度は先鋭的であるべきです。海外フェスのディレクターらからF/Tがどう見えているか、聞いてみるのも一案でしょうね」
そこで、F/Tをよく知る2人の海外ディレクターに寄稿していただいた。ひとりは、演出家クリストフ・マルターラー氏のドラマトゥルクで、計7年にわたってウィーン芸術週間現代演劇部門のディレクターを務めたシュテファニー・カープ氏。もうひとりは、アヴィニョン国際演劇祭の常連演出家で、2003年にヴェネツィア・ビエンナーレ演劇部門のディレクターを担当したロメオ・カステルッチ氏である。
前もって断っておくべきは、2人とも相馬氏と非常に親しい関係にあるということだ。カープ氏はマルターラー氏とともにF/Tに参加したほか、トーク、シンポジウム、公募プログラム審査などでたびたびF/Tの企画に関わっている。カステルッチ氏は2009年に『神曲-煉獄編 天国篇』をF/Tで上演し、11年にはオープニング委嘱作品『わたくしという現象』を構成・演出した。ヨーロッパを中心に、国際的な舞台芸術フェスティバルの実情や傾向を熟知している専門家であり、F/Tと関わりが深いからこそ、そのプログラムや方向性についてよく知っているというのが寄稿をお願いした理由だが、下記の訳文(原文は英語)が文字どおりの「拙訳」であることも含め、ご承知おきいただきたい。
付言すれば、こうした外部評価は本来、主催者であるF/T実行委員会やANJが主導して行うべきだろう。ジャンルを超えた数十人以上への評価依頼を、ぜひ行ってもらいたい。
相馬千秋の3つの方針
文:シュテファニー・カープ

F/Tは当初から毎回観ています。私が知る限り、最もよく考え抜かれ、芸術的に高い志を持って企画構成された、最高のフェスティバルのひとつです。日程的に晩秋は難しい時期ですが、見逃してもいいと思ったことはありません。
相馬千秋は、プログラム編成に当たって、3つの重要な方針を明確に守っていました。
まずは、日本の作り手への委嘱新作。創作はある主題や問題についての対話を通じて進められ、往々にして日本社会の隠された諸問題に言及し、あるいは問題提起を行い、また多くの場合、かつてないサイトスペシフィックな形式で行われました。つまりF/Tは、相馬千秋によって、現代的表現と現代的思考に関心を持つすべての人々にとっての、精妙で知的芸術的なコミュニケーションの場として進展してきたのです。我々ヨーロッパの舞台芸術関係者にとって、F/Tは現代の日本を反映する非常に面白い芸術作品に触れ、このプログラムなくしては会うことの叶わなかった日本のアーティストを知るための素晴らしい機会となりました。私だけではなく、ヨーロッパの舞台芸術関係者は皆、日本のアーティストやF/Tと、我々自身のフェスティバルや劇場との強力な関係を結び始めたのです。
2つ目は、新進アーティストのプログラムとアワードを伴う、アジアの若手のためのプラットフォーム。非常に重要、かつ興味深い試みで、アジアの若手アーティストの間に活気あふれる新たな対話をもたらしました。
3つ目は国際的なもので、ヨーロッパをはじめとする海外の前衛の紹介。ここでは、日本人アーティストのプログラムと同様に、メインストリームへの妥協は一切ありませんでした。相馬千秋が東京の観客に体験してもらいたいと考えた、芸術的な立ち位置と言語を備えた極めて強力な作品群です。相馬はプログラム編成に当たって安易な方法を採ることは決してなく、常に新しく意欲的な作品を選び、批評的な姿勢を保っていました。私が観た作品はことごとく完売で、驚くほど若く興味深い多様な観客で満席。常連の観客ばかりではなく、アーティスト、学生、物書き、建築家、音楽家らがいて、新しく幅広い観客層の誕生を示していました。プログラム全体の流れに常にあったのは高い志です。上演、討論、そしてシンポジウム。国際的に見ても、相馬千秋がプログラム・ディレクターとして築き上げた、かくも実験的にして芸術的なプログラムと、かくも素晴らしく質の高い観客は珍しいと思います。こうした客層を育てるのは簡単ではなく、一方、こうした高い質のプログラムを中断したり停止したりすれば、彼らを失うのは極めて容易です。
相馬千秋がディレクションするF/Tは、私にとって常に重要な発想の源でした。プログラム・ディレクターを退任されるのは非常に残念です。私が思うに、これは非常に間違った決定であり、まったくもって理解できません。文化行政は非常に誤った判断を下したのだと思います。
Stefanie Carp, 26.12.2013
国際的に最も革新的な仕事のひとつ
文:ロメオ・カステルッチ

F/Tは相馬千秋のディレクションのもと、現代演劇文化における世界的なランドマークとなった。相馬は、二面的なプログラム編成によってこのフェスティバルを特徴付けた。日本の現代演劇と国際的な現代演劇である。彼女は国際的なアーティストを日本に紹介し、日本のアーティストを世界に知らしめることに大いに尽力した。
特筆すべきは、複雑な現代社会に関する同一の問題をめぐって、アーティスト同士が経験と言語を交換し合ったこと。F/Tは実際、様々な議論や公開のトーク、アーティスト間で交わされた対話の刊行などによって育まれ、フェスティバル自体を全社会に資する思考の場にして知的な道具たらしめた。演目編成は常に、矛盾と諍いに満ちた現代社会を緊張感を持ちつつ解釈するもので、表面的で空虚な娯楽に陥る怖れは回避されていた。今日の公衆にこれ以上の気晴らしは必要ない—これはメディア界を考えればわかることだろう。実際、公衆が心底欲するものと彼らの芸術経験を反映したニーズこそ、周知のように、F/Tが可能な限り最も知的かつ感覚的な形で提供しうるようにしてきた価値あるツールなのだ。
個人的に私は、相馬のディレクションは、国際的な舞台における最も革新的な仕事のひとつだと思う。フェスティバルのあらゆる側面が、作品への思いを凝らしつつ、細部に至るまでプロとしての高度なスキルによって構想・設計されている。相馬は、世界における日本文化の大使のひとりだと規定されうる。繰り返すが、国際的レベルで日本の現代演劇文化を特徴づける名前はひとつしかない。相馬千秋と、彼女が企画構成するF/Tである。
Romeo Castellucci, 27.12.2013
(この項続く)
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。