COLUMN

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Out of Tokyo

255:F/T相馬ディレクター退任の舞台裏 I
小崎哲哉
Date: December 30, 2013

12月18日、フェスティバル/トーキョー(F/T)が「平成26年度から新体制へ移行」し、「現実行委員長の市村作知雄が来年度よりディレクターに就任し、現プログラム・ディレクターの相馬千秋は平成26年3月末をもって退任」することが発表された。関係者に送られたメール添付の「プレスリリース」とF/Tのサイトに掲載された「ニュース」は同文で、本文わずか400字。市村が会長・理事を、相馬が理事を務め、F/Tの事務局を担当する特定非営利活動法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)のサイトに掲載された「ニュース」の字数はその半分弱。いずれにも「移行」「退任」の経緯や理由は、ひとことも記されていない。

 

フェスティバル/トーキョー(F/T)Webサイト | REALTOKYO
F/T公式ウェブサイト

東京オリンピックの開催が決まり、『F/T 13』が12/8に閉幕した直後の発表ということもあり、業界内外には様々な噂や憶測が飛び交っている。「退任ではなく実質的な解任である」「相馬氏の産休中に、本人がまったく知らない間に決まった人事」「すでにANJと相馬氏は『F/T 14』の準備を具体的に始めていた」「したがって退任(解任)は外部の圧力に因る」「プログラム編成をめぐって東京都と確執があった」「背後には某大物演劇関係者がいる」「オリンピック開催に伴って文化予算が増え、F/Tの規模が拡大される(あるいは別途大規模な文化イベント企画が始まる)。そのための布石」「先鋭的・実験的だったこれまでとは異なり、『F/T 14』はよくある凡庸なものになる」等々。いずれも、現段階では当事者以外に裏の取りようがない、まさに噂・憶測でしかない。

 

憶測が生じるのは、発表があまりに突然で、上述したように背景の説明がまったくなされていないからだ。F/Tの主催者に名前を連ねるアーツカウンシル東京(ACT)のカウンシルボードにも事前連絡はなく、ボードが問い合わせた後も「移行」「退任」の理由は説明されていないという。カウンシルボードは「必要に応じてアーツカウンシル東京の事業や施策、担うべき役割等についての助言を行」う組織(公式ウェブサイト)。カウンシルボード委員のひとりで、公益財団法人セゾン文化財団常務理事の片山正夫氏は、この件に関する意見書をACTに提出したという。氏に電話でお話を伺った。

 

片山正夫氏 | REALTOKYO
片山正夫氏

「まず問題なのは、我々にもまったく知らされていなかったことです。業界内の噂で、相馬さんが辞めさせられるという話を聞いたのが8月終わりか9月くらい。その後、ご本人に会って事実だとわかったのが10月初め。10月末に吉本光宏委員(ニッセイ基礎研究所主席研究員)と連名で意見書を作り、カウンシルボードの会議でもその旨を述べました」

 

「F/Tは日本を代表するフェスティバルであり、東京都は都民のお金を1億7千万円も支出しています。フェスティバルを象徴し、その性格を決定づけるポジションにあるディレクターの交代は1団体内の人事の話ではなく、パブリックな問題ではないか。もともとACTは東京都の文化支援のあり方を検討する場であって、大事なことはここで議論すべきだと思うんです。我々をスルーして、ある一部の人が寝技のように決めるのはおかしい」

 

「といっても我々は、人事権を握りたいのではありません。ディレクターはちゃんと任期を定め、どのような手続きでノミネーション(指名)するのかをはっきりさせておけば何の問題もなかった。けれどもルールも何もない現状では、パブリックマターはパブリックに議論すべきです。ACTを作ったことの1つの意図は、誰かが裏でこそこそ決めるのではなく、できるだけガラス張りにしようということでした」

 

東京大学大学院教授・演劇批評家の内野儀氏も同じくACTカウンシルボード委員のひとりだが、「移行」「退任」は形式的には問題ないと見ている。だからこそ(片山委員と同様)ルールを明確にすべきだという立場だ。以下、スカイプによるインタビューより。

 

内野儀氏 | REALTOKYO
内野 儀氏

「そもそも5年前に相馬ディレクターが選ばれたときは、ANJからの提案を東京都が受け入れた形と聞いています(※小崎注:ACTの発足は2012年11月)。だとすれば、そのときに何も言わず、今回『おかしい』というのは整合性がない。都は現在F/Tの主催者でもあるわけですが、来年以降は主催者から下りて助成金を出すようになるという話もある。そうなれば事業委託したANJ内部の人事問題ということになり、形式的にはまったく問題はなくなります」

 

「プログラム・ディレクターや芸術監督の選任に関して、F/Tはもともと曖昧だった。片山委員が言うようにルールがないこと、ヨーロッパのような透明性もまったくなかったことが問題ですね。ACTは現在、東京文化発信プロジェクト(文プロ)と横並びというか、どちらが上というのはありません。知事と直結した東京芸術文化評議会が発案・提言して、ACTは都が行うべき助成についての中長期的ビジョンを作り、それにしたがって実際に助成を行う。ボードメンバーは、それについての確認・提言を行います。東京都も理解しているでしょうが、現在はやはり過渡期で、文プロとの棲み分けを行う必要があると思います」

ACTと文プロの役割について筆者の誤解があったので、12/30(月)23:35に修正しました。指摘して下さった内野儀氏にお礼申し上げるとともに、関係者にお詫び申し上げます。

 

片山・吉本両氏の提言はACTカウンシルボードで全員に賛同され、総務省から派遣され、都で文化振興部長を務めたACTの三好勝則機構長も「透明感を持って(議論を)やりたい」と述べたという。ただし「我々も人事を撤回しろという趣旨で言ったのではない」(片山氏)ということで、ACTとしてこれ以上この問題に口出しすることは、少なくとも現状ではなさそうである。

 

5年前に相馬氏がプログラム・ディレクターに就任したとき、僕はこのコラムに「ANJにおいて相馬の上司でもある市村作知雄は、今回は完全に相馬の後見役に徹するつもりであるようだ」「今後は相当に期待できるのではないか」と書いた。だが同時に、以下のようにも書いた。「ただし、不安がないわけではない。金も出すが、同時に手や口も出したがる輩のことだ。現場を知らない役人たちが、余計な口出しをしないことを祈っている」(Out of Tokyo 199:フェスティバル・トーキョー

 

第2段落に書いたように、「退任(解任)は外部の圧力に因る」という憶測は現に存在し、現状から判断するに、その可能性はきわめて高いと思う。といっても、圧力をかけたのが「現場を知らない役人たち」かどうかはわからない。やはり上述したように「某大物演劇関係者」という噂もある。いずれにせよ、当事者である市村氏と相馬氏の話を聞きたいと思って取材を申し込んだが、F/T事務局からの返事は「現時点ではすでにアナウンスしております内容以上のものを詳細にお伝えすることは基本的には難しい」。年末年始の休みに入ったこともあり、とりあえず搦め手からのレポートをお届けする次第である。

 

この項続く

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。