
桜が散りかけた頃合いに、神奈川近代文学館に『添田唖蝉坊・知道展』を観に行った(4/14まで)。

唖蝉坊(あぜんぼう)は1872(明治5)年生まれの演歌師。知道(ともみち。通称ちどう。別名さつき)はその息子で、1902(明治35)年生まれの同じく演歌師にして小説家である。「演歌」とはそもそも「演説」を「歌」にしたもので、要するに政治的なアジテーションを路上で歌ったものだ。当初はいわゆる「壮士節」で、「民権論者の 涙の雨で みがき上げたる大和胆 コクミリミンプクゾウシンシテ ミンリョク キュウヨウセ(国利民福増進して 民力 休養せ) 若しも成らなきゃ ダイナマイトどん」(「ダイナマイト節」)などと威勢がよかったが、唖蝉坊はやがて世相の風刺や艶っぽい情歌に転じ、さらに堺利彦らとの出会いを経て「社会党喇叭(ラッパ)節」など左翼的な歌も書くようになる。だが、そこで終わらないのが自伝を『唖蝉坊流生記』と題したこの人らしいところで、最晩年に国粋主義的な歌を出すあたり、一筋縄ではいかず、面白い。

知道は父の影響で演歌を書き、歌いもしたが、小説家になる夢を捨てきれず『小説 教育者』を執筆した。ただし文筆家としては、父親の評伝や『演歌の明治大正史』など、ノンフィクションのほうが評価が高い。展覧会は父子の生涯を作品(演歌や出版物)に即して追ったもので、もちろん写真もあるが、文学館らしく、書籍・雑誌・原稿・手紙・文章の抜粋などが中心。やや「お勉強」めいてはいるけれど、神奈川近代文学館は遺稿を寄贈されている、つまり質量ともに最強のコレクションだから、マニアにはたまらないだろう。

1,890円(日本図書センター)
本人たちが書いたものにとどまらず、唖蝉坊にその著書『浅草底流記』を贈られた川端康成からの、そして知道の名作『日本春歌考』を映画化した(といっても中味はまったく異なる)大島渚からの、それぞれ礼状があったりする。川端は「浅草不案内者の小生が浅草小説を書いておりますので」と記しているが、これはもちろん都市小説『浅草紅團』のこと。高田渡、なぎら健壱、ソウル・フラワー・ユニオン、岡大介ら、父子の歌を歌う現代の音楽家に関連する展示もあった。
しかし、唖蝉坊の精神を最も正統的に継いだ者といえば、故・桃山晴衣と、そのパートナー土取利行を措いてほかにないだろう。土取は10代のときにフリージャズに心酔して音楽家としてのキャリアを始め、近藤等則、阿部薫、坂本龍一、ミルフォード・グレイヴス、デレク・ベイリー、スティーヴ・レイシーらと共演。その後、ピーター・ブルック・カンパニーの音楽を担当するようになり、『マハーバーラタ』などのために世界中を巡って各地の民族音楽を調査・吸収する。一方、縄文時代や旧石器時代の音楽に関する探究も並行して行い、銅鐸やサヌカイト、さらには壁画洞窟での演奏を行ってもいる。
その長い音楽的旅の途中に、土取は宮薗節の継承者である三味線奏者・桃山とパリで出会う。6歳で三味線を習い始めた桃山は、邦楽界の期待の星、いや、邦楽の枠組を超えた存在と評価されていた。知道には演歌を習い(展覧会には、知道に宛てた葉書も出展されている)、『梁塵秘抄』からわらべ歌までの日本の歌を追究したが、2008年に死去。志をともにした土取は、自らの実践に加え、桃山の衣鉢を継いだ形で活動を続けている。

4,500円(立光学舎)
その土取は最近、唖蝉坊・知道の歌を集成し、自らが歌ったCD『添田唖蝉坊・知道を演歌する』を発表した。文学館に入ると、その歌が流されていて、「お勉強」感を薄めるのに一役買っていた。「ああ金の世や金の世や 地獄の沙汰も金次第 笑うも金よ泣くも金 一も二も金 三も金」(「ああ金の世」)。「地主金持ちは我儘もので 役人なんぞは威張るもの こんな浮き世へ生まれてきたが 我身の不運と あきらめる」(「あきらめ節」)。こんな歌を聴き、昨今のニュースを見ると、世間というものはそう簡単に変わるものではないと思い知らされる。
だが、土取が「唖蝉坊の精神を最も正統的に継いだ」というのは、世相を風刺した歌を歌っているからではない。音楽の力を信じ、それが土地や身体に根差していることを信じ、身をもって歌い、奏で、旅をし、人と交わり、生きているからだ。生き方そのものが、『流生記』を書いた唖蝉坊のそれに重なって見える。異ジャンルのパフォーマーたちとの協働も精力的に続けていて、5/6には『日韓パーカションアンサンブル「土取利行&ノルムマチ5/6」』を、9/7には『泥洹- 土取利行 meets サルドノ W.クスモ』を上演する。インドネシアの異才と共演する後者は京都公演も検討中というから、いまから楽しみだ。
「流生」は口で言うほど簡単ではないだろう。流されること自体は苦行ではないかもしれないが、溺れないためにはエネルギーが要る。まして、自ら流れようとするなら、卓抜なバランス感覚と、何よりも強い意志が必要だ。知道を含めて3人の、いや桃山も含めて4人の音楽家には、内に秘めたエネルギーと強靱な意志が共通しているように思う。
※ウェブサイト『土取利行の音楽世界』。上記CDはここでも購入できる。「土取利行ブログ」や「桃山晴衣オフィシャルサイト」も、ここに集成・収録されている。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。