COLUMN

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Out of Tokyo

242:「現にいま起こっていること」とアート III
小崎哲哉
Date: October 09, 2012

元は小学校の講堂だった会場内にうっすらとスモークが炊かれている。サーチライトのような光が数本、袖や天井に設置された光源から放たれ、床に置かれた4つの鏡に反射してジグザグ模様を成している。鏡はラップトップパソコンのように開閉できる仕組みで、PCの画面に相当する鏡面は光源に対して斜めになっている。下手から「ピッピッ……」、上手からは「プルプル……」という心音モニターか信号音のような音が聞こえてくる。

 

photos: Abe Ayako | REALTOKYO
photos: Abe Ayako

光量が落ち始め、サーチライトは消える。ほぼ同時に中央奥の光源から、客の目の高さで、水平に、客席に対して扇状に広がる光が点される。上手からも同様の光が、下手に向けて照射される。ダンサーの足が、次いで頭、そして手が、逆光スモークの中に現れる。髪型はショートアフロ。安藤洋子その人だ。影は光の扇を遮り、客席に黒々と広がってゆく。

 

photos: Abe Ayako | REALTOKYO

安藤洋子の新作ダンス『表裏一体~One and Indivisible~』(8月25日@京都芸術センター)はこんなふうに始まった。ダンサーはわずか3人。だが安藤を含め、全員がフォーサイス・カンパニーでレギュラーを務める精鋭である。鍛え抜かれた身体がいとも軽々と見せる、しかし想像を絶するような動きは、寓話的にも思える数々の謎に満ちていた。

 

例えば安藤の体は、ともすれば安定を失いかけ、倒れそうになる。その寸前に島地保武が、背後から抱きかかえるように支えて転倒を防止する。やがて安藤が、舞台中央からやや左側に立つ。すると、上手から一条のサーチライト状の照明が放たれ、安藤の腰の──というより子宮の──位置に当たる。

 

photos: Abe Ayako | REALTOKYO

もうひとりのダンサー、ライリー・ワッツが、マイクスタンドに向かって日本語の練習を始める。「ウオーサオー」「カベニミミアリショージニメアリ」「オトコニハマケルトワカッテイテモタタカワナケレバナラナイトキガアル」などなど。そこに安藤が歩み寄り、目の前に座り込んで手助けをする。「わたくしといふ現象は假定された有機交流電燈のひとつの青い照明です……ハイ!」。宮沢賢治『春と修羅』の「序」の文章を、しかしワッツはうまく復唱することができない。一文は長く、発音は難しい。だから言いよどみ、言い間違う。自らに罰を科すかのように、ワッツはマイクの前を離れ、恐るべき体の柔らかさと身体能力で常人の能力を超えたポーズを取る。片足で立ち、上体を思い切り捻った不自然な姿勢は、フォーサイスの振付では定番とも言えるもの。肉体への負荷という点で、アートファンならマシュー・バーニーの『拘束のドローイング』を想い起こすことだろう。

 

photos: Abe Ayako | REALTOKYO

安藤と島地はスマートフォンを持って空間内を動き回る。床の何ヶ所かにマイクロフォンが仕掛けてあって、スマホを近づけると音が増幅されて観客に聞こえるようになっている。雑音混じりのニュース放送のような音声が音量を増しては小さくなり、消え失せてはまた聞こえ始める。安藤は空間内を歩いては床にしゃがみ込み、4つの鏡の角度を直して垂直にする行為を繰り返す。

 

いつしか背後には、水中に泡がごぼごぼと噴き上がるような音が流れている。安藤と島地はたゆたうように、だが不安定に踊り続ける。バッハの「シャコンヌ」を想わせる不思議な曲が鳴り響き、バイオリンの悲壮な旋律の上に爆音のようなノイズが重ねられ、サーチライトがフラッシュバックする。扇状の光が広がり、安藤が激しく踊る。サイン波のような音が小さく聞こえ始め、光量が落ち、気がつくとダンスは終わり、空間は相変わらずうっすらとしたスモークに充たされている……。

 

photos: Abe Ayako | REALTOKYO

印象に残った断片的なイメージを、思いつくままに書き出してみた。メモなど取っていなかったから時間軸に沿っているわけではなく、記憶の霧の中に浮かび上がる景色のようにランダムで切れ切れの映像の羅列に過ぎない。だが鑑賞後には、霧が晴れて輪郭を取り戻した風景のように、重い、けれどもいま切実な主題が明快に示されたと思った。

 

photos: Abe Ayako | REALTOKYO

僕が感じ取った「主題」とは「3.11」あるいは「3.11以降の放射能とともに生きる世界」である。スモークや光は爆発や放射線を暗示し、傾いていたのを垂直に直される4つの鏡は倒壊した4つの建屋を想わせる。心音モニターのような音や雑音混じりのニュース放送は政府や東電の調査や緊迫したやり取り、さらにはメディアによる報道を、床面から音を「拾う」スマホはガイガーカウンターを、それぞれ嫌でも連想させる。子宮に向けて放たれる光は、言うまでもなく母体と胎児に破壊的な影響を及ぼす放射線を暗示するものだろう。ダンサーのひとりがワット(W=watt)の複数形であるワッツ(Watts)という名前だったのは偶然だろうが、日本語のレッスンに挑みながら果たせず、「苦行」のような行為を自らに課す役どころは、原発あるいは核燃料リサイクルなどの原子力テクノロジーを表すものではないか。『風の谷のナウシカ』の巨神兵のような怪物的存在である証しを、卓越した身体と技術によってのみ表現しうる動きとポーズとで、見事に示していたと思う。

 

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『表裏一体』というタイトルは様々な意味を孕んでいるのだろうが、ひとつには「エネルギー源/破壊源」という両面性を持つ原発や、放射能とともに生きなければならない時代の不条理を表しているに違いない。そしてそんな生々しく重い主題を、直接的な言語・視覚的表現ではなく、入念な構成、照明、音楽(音響)、そして振付によって表現した点が素晴らしい。ベタにして野暮なある種の演劇などとは一線を画す、洗練された粋な作品だ。

 

photos: Abe Ayako | REALTOKYO

安藤はフォーサイス・カンパニーに出演する一方、カンパニーを離れた独自公演やワークショップを積極的に行っている。今回の公演は「現にいま起こっていること」に材を取り、それを普遍的な「生と死」という主題にまで肉薄させた果敢な試みだと思う。その試みを成功に導いたのは、繰り返すが出演ダンサー全員の鍛え抜かれた身体と超絶的な技巧である。あらためてと3.11に思いを馳せるともに、安藤らの今後の試みにも注目し続けたい。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。