COLUMN

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Out of Tokyo

237:高級ブランドとアート
小崎哲哉
Date: May 02, 2012

空前の不況にもかかわらずと言うべきか、富裕層と貧困層の格差が広がったから当然と言うべきか、ともあれ高級ファッションブランドが往時の勢いを取り戻そうとしている。もちろんその中心地は銀座で、3月中旬のコムデギャルソンによるセレクトショップ開店に続いて、4月22日にはクリスチャン・ディオールの旗艦店「ディオール銀座」がリニューアルオープン。それに合わせて展覧会『Lady Dior As Seen By』が開催され、オープニング記念トークの司会と、顧客向けのレクチャー2回を依頼された。

 

『Lady Dior As Seen By』展は5/20(日)まで開催中。ファサードのビジュアルは名和晃平作品から | REALTOKYO
『Lady Dior As Seen By』展は5/20(日)まで開催中。ファサードのビジュアルは名和晃平作品から

銀座には資生堂ギャラリーやメゾンエルメス8階フォーラムなど、高級ブランドによるアートスペースが既に存在する。東京アートシーンのさらなる活性化につながるなら、と引き受けた。トークの話者は参加アーティストのひとり宮永愛子が事前に決まっていて、相方は芥川賞受賞作家の朝吹真理子がいいのではないかと提案し、ディオールからも朝吹さんからも快諾を得た。宮永作品と朝吹作品は、メディアは違うが共通点があるように感じている。記憶や時間や生命について、同じような捉え方をしているように思うのだ。

 

19日の内覧にまず足を運んだ。展覧会はディオールのアイコンバッグ「レディディオール」をテーマとしたもので、アイディアとしてはシャネルが自社のキルティングバッグをテーマに2008年に開催した『Mobile Art』と酷似している。ただし、シャネルがダニエル・ビュレン、オノ・ヨーコ、ソフィ・カルら20組のファインアーティストに絞り込み、大型インスタレーションを含む様々なジャンルを配したのに対し、ディオールはピーター・リンドバーグやブルース・ウェーバーら、デザインや広告を中心とした70人近いクリエイターによる、映像、写真、彫刻(小型オブジェ)が大部分を占めるところが異なる。

 

地階の映像展示 | REALTOKYO
地階の映像展示

会場に入って驚いたのは、作品点数の多さに対して展示空間が極めて狭いことだ。和光並木館の1階と地下1階を使っているが、ザハ・ハディドが設計したシャネルの「移動美術館」とは比べるべくもない。地階の映像は1作品に付きヘッドフォンが4台あるが、座席には3人以上は座れない。幅3メートル以上あるスクリーンまでの距離は約2メートルしかなく、スクリーンは六角形にデザインされた壁の5面に並んでいるから、隣の画面も否応なく目に入ってくる。およそ映像を鑑賞する環境とは言えないだろう(シャネルの展示でも問題がなかったわけではない。『ART iT』No.19所収「特別レビュー:Mobile Art」参照。ブランドによるアート支援の意義についても、ここで論じておいた)。

 

さらに問題なのは1階の展示だ。透明なガラスケースに収められたオブジェがフロアに、写真作品が壁に、計60点ほど陳列されている。オブジェのほとんどは隣り合わせ背中合わせに並べられ、ケースは透明だから単独で鑑賞することができない。壁との間は最大1.2メートルほどしかなく、観客がすれ違うのも容易ではない。狭いところでは引きがないから、壁の写真は正面から全体を観られず、斜めから観るしかない。デヴィッド・リンチの小品は、スタッフが出入りするドアに貼られていた。十分な広さの会場が借りられなかったのなら、会期を前後半に分け、展示を入れ替えるなどすればよかったのではないか。

 

1階の展示 | REALTOKYO
1階の展示
左がデヴィッド・リンチ作品。右のオブジェ作品があるため、真正面からは観られない | REALTOKYO
左がデヴィッド・リンチ作品。右のオブジェ作品があるため、真正面からは観られない

22日のトークでも、いささかならず困惑させられた。会場は1階に唯一ある、鏡を用いたインスタレーションの内部で、設置するのは10席のみ、あとは立ち見だという。一般公開初日の日曜の昼間で、秋に国立国際美術館での大規模個展を控えて注目される参加アーティストと、文壇の寵児とも呼ぶべき話題の小説家が登壇する。コレクターやジャーナリストを含むアート関係者も多数来るだろう。そう思って、事前に「別の大きな場所にしてほしい」と申し入れたが、「展示会場内で行いたい」と断られた。ふたを開けてみると案の定たいへんな混雑ぶり。作品に触れる人が出るなどのトラブルも生じた。

 

登壇者を紹介するディオールの担当者からは何のコメントもなかった。そこでトーク冒頭に、来場者へのお詫びの思いも込めて以下のように発言した。

 

「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。というかすごい状況ですね(笑)。僕らも今日、ここでやるって聞いてびっくりしたんですけど、始める前に、アートを愛する者のひとりとして、申し訳ないんですが主催のディオールさんに、ひとこと苦言を申し上げたい。会場が非常に見にくいと思うんですよ。写真を引いて見ようと思うと後ろにあるオブジェのケースにぶつかってしまうみたいなことがあって、これは作家の方にもたいへん申し訳ないし、我々が見ようとしても非常に支障あるなーと思うんですけれども、この後もこのスペースで続けられるんでしょうから、今後はぜひ、そういう配慮をしていただけるとありがたいなと思ってます。コンテンツのことじゃないです。展示の方法についてです」

 

トーク会場として使われたインスタレーション作品 | REALTOKYO
トーク会場として使われたインスタレーション作品

宮永&朝吹のトークは期待通り中身の濃いものだったが、翌日ディオール側から、コーディネーターを通じて「(小崎の)レクチャーはキャンセルする」との連絡があった。「ブランドイメージを傷つけられたから」とのことで、一方的に仕事をキャンセルされた形の僕には、現在に至るまでそれ以上の説明も詫びの言葉も一切ない。「苦言」とは言ったものの、実際には具体的な「提言」である。何が何やらわからず、唖然とするばかりだ。

 

上述した資生堂ギャラリーではさわひらきの、メゾンエルメス8階フォーラムでは山口晃の個展がそれぞれ開催中で、非常に洗練された展示となっている。銀座ではなく表参道だが、ディオールと同じLVMHグループに属するルイ・ヴィトンのエスパス ルイ・ヴィトン東京でも、青木淳が設計したエレガントな空間内で素晴らしいグループ展が開かれている。ディオールはアーティストとの間に、ここで書くにはあまりに低次元なトラブルがあったとも伝え聞く。ブランドによって文化支援活動に温度差があるのは仕方ないが、アートやアーティストに対する愛や敬意の質と量は、活動に自ずと滲み出る。

 

クリスチャン・ディオールはアートへの関心が高く、若いころにギャラリーを共同運営してピカソ、マチス、ダリらの作品を商ったことや、マックス・ジャコブやジャン・コクトーらと親交があったことが知られている。設立以来60年余、メゾンのアート観、アーティスト観はまったく変わってしまったようである。今後も活動を続けるなら、泉下の創業者の自伝を読んで、アートに対する姿勢を学ぶところから始められたらよろしいかと思う。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。