COLUMN

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Out of Tokyo

230:「プロジェクトFUKUSHIMA!」
小崎哲哉
Date: July 27, 2011

7月某日午後、NHK内のスタジオで一風変わったレクチャーが行われた。講義内容が変わっていたわけではない。60-70名ほどの聴衆の側から、何やら怪しいアウラが漂っていたのである。聴衆の多くはオルタナティブ系の音楽家や現代アート関係者で、大野由美子、カヒミ・カリィ、坂本龍一、椹木野衣、七尾旅人、灰野敬二、レイ・ハラカミ、原田郁子、ピカ、山川冬樹、それに音楽のプロモーターや美術館の学芸員ら。ふだんならステージや壇上に登って「観られる」側に立つ面々が、この日ばかりは神妙な顔をして(いや、していない人もいたけれど)講義に聴き入っていた。

 

木村真三氏によるレクチャー | REALTOKYO

講義を行ったのは、元放射線医学総合研究所および労働安全衛生総合研究所研究員の木村真三氏。放射線衛生学の専門家で、JCO臨界事故後の東海村や、原発事故後のチェルノブイリなどで環境中の放射能計測を行っている。今回の原発事故では、厚生労働省が所管する職場の上司に「行くな」と言われたが、その日の夜に辞表を「そっと机に置いて」福島に赴いた。県内各地で放射線量を計測し、土壌や植物などのサンプルを採取。仲間の研究者の協力を得て分析を行い、詳細な「汚染地図」を作成した。その模様はNHK ETV特集「ネットワ―クで作る放射能汚染地図」で報じられた。作業は現在も継続中だ。

 

木村真三氏によるレクチャー | REALTOKYO

この日のレクチャーは、音楽家・大友良英との出会いによって実現した。大友は小学校3年から大学入学までを福島で過ごし、両親が暮らす実家はいまも市内にある。3.11の後、故郷に対する複雑な思いを抱きながらも、同じ高校出身の音楽家・遠藤ミチロウや、詩人・和合亮一とともに「プロジェクトFUKUSHIMA!」を立ち上げ、8/15に野外フェスティバル『FUKUSHIMA!』を催すことにした。詳しい趣旨などは公式サイトを見てほしい。以下は5/22付け『大友良英のJAMJAM日記』より。

 

「新聞やテレビニュースでは『福島を応援する・・・』とか出てしまったけど、僕らはその種のイベントをしたいのではない。福島のあまりに過酷な現状とどう向き合うか・・・この情況でいったいどう生きて行くのか・・・というのが大きなテーマなわけで、素敵なミュージシャンが沢山きて福島を応援とか、福島の復興を印象づけるとかをしたいわけでは全然ないのだ。福島の置かれている情況はそんな呑気なものではなく、非人道的な事態が起こっていて、でもそれはとってもわかりにくいもので、そこに住む人たちは日々この情況と戦っていると言っても過言ではないからだ」

 

ところが、福島の放射線量は依然として高い。本当に人を集めてもいいんだろうか、と悩んでいるときにETV特集を観て、さらにNHKスタッフの紹介で木村氏に会うことができた。氏によれば、市の西部にある会場でフェスティバルを行っても問題はない。野外なので、芝生の表面に残っている放射性物質が靴や衣服に付着する可能性があるが、地表に何かを敷けば表面被曝は簡単に防げるのと同時に、放射性物質の拡散を防ぐことができる。不要な風呂敷を大量に集めて敷き、フェスティバル終了後にアーティストに作品化してもらうというアイディアも木村氏から出た。8/15のイベント『FUKUSHIMA!』にはご本人が出演して、放射能の影響についてのトークを行ってくれることにもなった。この日の(NHKのスタジオでの)レクチャーは、主にイベントの出演者や福島内外の関係者を対象として催されたもの。大友が「いま何よりも必要なのは、放射能についての科学的知識と、きちんとしたデータだ」と考えたからだ。

 

大友良英と木村真三氏 | REALTOKYO
大友良英(左)と木村真三氏

木村氏は放射能について熱く語った。ジョークも交えた軽妙なトークで、シリアスな内容なのに会場には笑いも漏れる。放射線とは何か、どういう種類があるのか、という基礎的な話から、つい1週間前にチェルノブイリで取材した、甲状腺腫瘍を発症した25歳の母親の話まで。念のために書いておけば、チェルノブイリ原子力発電所事故は1986年、つまりちょうど25年前に起こっている。事故の影響は、かくも長きにわたって続く。

 

会場に衝撃が走ったのは、チェルノブイリ事故が起こったウクライナで施行されている法律について説明がなされたときだった。まず、ウクライナにおいては、汚染ゾーンは以下の4つに分けられているという。「1 避難(特別規制)ゾーン」「2 移住義務ゾーン」「3 移住権利ゾーン」「4 放射能管理強化ゾーン」。大友が「僕が育ったあたりは?」と尋ねると「1ですね」との回答。大友は「う~ん……」と頭を抱えた。

 

次に、食品と水に関する放射能の許容濃度について。外部被曝ももちろんだが、それにも増して怖いのが汚染された水や食品の摂取による内部被曝だ。すでに一部では報じられているが、内部被曝を防ぐための、ウクライナ保健省の基準値は日本よりはるかに厳しい。厚生労働省および内閣府食品安全委員会が発表した日本の暫定規制値と並べてみれば一目瞭然だ。以下、セシウム137(日本は「放射性セシウム」)の許容濃度の内、比較できるもののみを対置する(単位はBq/kgおよびBq/L)。

 

品目 ウクライナ 日本
野菜(根菜・葉菜) 40 500
肉・肉製品 200 500
魚・魚製品 150 500
ミルク・乳製品 100 200
飲料水 2 200

 

内部被曝により、本人にとどまらず、やがて生まれる子供たちに影響が及ぶこともありうる。となると心配なのは結婚差別で、人種や同和問題に由来する結婚差別に比べて、なまじ科学的根拠があるだけに始末が悪い。離れられるものであればなるべく早めに「汚染ゾーン」から離れるほうがいいと思われるが、ではタイムリミットはいつごろだろう?

 

会場からの質問に、木村氏は「広島・長崎の統計データから言えるのは、放射性セシウムに関してはいまの数値では胎児や子供への影響はないだろうということ」と答えた。その上で「ただし、これからの内部被曝が危険をもたらす可能性があるという意味では、多くの農作物が収穫されるこの秋がひとつのタイムリミットであるとは言えます」と付け加えた。これは避難のタイムリミットではない。木村氏が言っているのは、秋までに食の安全を確立する必要があるということだ。食品の流通は福島だけの問題ではない。対策は早急に立てなければならない。

 

誰もがわかっているように、放射能との戦いは長期戦になる。『FUKUSHIMA!』の出演者のひとりで、レクチャーを聴きに来ていた坂本龍一に聞くと「表現者がこうしたイベントを行うことは意味がある。ヨーゼフ・ボイスじゃないけれど、アーティストや音楽家や建築家が、この事態に応えることが必要だよね。時間はかかるだろうけど、アート展なんかもあっていんじゃないかな」とコメントしてくれた。

 

坂本龍一 | REALTOKYO
坂本龍一

坂本は、青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場の危険を訴えたり、森林保全団体「more trees」を立ち上げたりと、社会的な活動に積極的に関わっている。だから当然のコメントとも言えるが、2007年に京都造形芸術大学で開催されたアーティストサミットでは「アートはアートとして価値がなければ、 いくら目的や趣旨がよくても意味がない」と発言している。その意味で、今回の事態は緊急事態と言えるだろう。「プロジェクトFUKUSHIMA!」実行委員会代表のひとり、遠藤ミチロウは「2011・3・11、それは戦争が始まった日です」と宣言している(公式サイト)。「戦争」はこれからも長く続いてゆく。

 

※この日のレクチャーを含む「プロジェクトFUKUSHIMA!」の活動については、この秋にNHKで放送されるとのこと。楽しみだ。

 

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。