
京都で大友良英ニュー・ジャズ・オーケストラ(ONJO)のライブを観る機会に恵まれた(10/3 京都芸術センター)。「おそらくは、このコンサートを最後に当面ONJOのライブはない」(『大友良英のJAMJAM日記』)というから、観られたのは幸運と言うしかない。「楕円コンサート」、すなわちステージPAを用いないアコースティックバージョンは京都では初めて(にして最後?)ということもあり、かつては小学校の講堂だった会場は、200名ほどの聴衆と、フロアに並べられた楽器群とでいっぱいだった。

ご存じない方のために説明すると、ONJOは、特にこの日のような「楕円コンサート」の場合、非常に場所を食うバンドなのである。メンバーは流動的で、この日の編成は、大友良英(g)、カヒミ・カリィ(vo)、アクセル・ドナー(tp) 大蔵雅彦(sax, cl, tubus)、青木タイセイ(tb, fl)、石川高(笙)、Sachiko M(sinewaves)、宇波拓(objects)、高良久美子(vib)、水谷浩章(b)、 芳垣安洋(ds)。それにゲストとして、ポポのトランペッター、江崎將史と、美術家にしてサウンドアーティストの梅田哲也が加わっていた。梅田はもちろん、何人かのメンバーも、フリーマーケットの露天商よろしく、まっとうな、あるいはケッタイな楽器をフロアに広げて演奏を行う。ライブでありながら、インスタレーションを鑑賞するようでもある不思議な時間が体験できる。
同じ会場でのグループ展(10/18まで)にも参加している梅田は、工作少年か錬金術師のようだった。電線やら電球やら扇風機やら、瓶やら糸やら風船らが雑然と並べられている。引っ張ったり押したり、くるくる回したり、スイッチを入れたり切ったりすると、がらくたにしか見えないそれらのオブジェが摩訶不思議な音を発する。他の音楽家が奏でる楽音と梅田のオブジェが発する音は、外れているようでいて微妙に共鳴し合っている(ように思える)。とはいうものの他の音楽家の音も、緻密に編曲したスコアの忠実な再現なのか、自由意思に委ねられた放埒な即興なのかは素人の耳には判然としない。そのゆるやかな音の流れに身を任せるのが、ONJO的音楽体験の快感なのだ。
毎回いろいろな挑戦や実験を行う「objects」担当の宇波拓は、今回は段ボールと金属製のメジャー(巻尺)を使っていた。金属板をフロアに置き、その周りを段ボール箱で覆う。段ボールの端にメジャーを取り付け、帯を高層ビルのように引っ張り出す。PCで制御した小さなスピーカーを付けて金属板を振動させ、段ボールとメジャーが発する音をピックアップマイクで拾って拡大する。段ボールの上(開口部)から金属製のクリップやプラスティック片を放り込んで音を拾う。ぽきぽきと折れるメジャーの帯の音も拾う。はては段ボールをくしゃくしゃにして、その音も利用する。こちらも、他の音楽家の楽音と合うような合わないような……。
聴衆は、楕円形に配置された楽器と演奏者に触れないように、その楕円の内外に座って聴いていた。特に禁じられていないので、ほかの人の邪魔にならないように、ゆっくりと移動するのも楽しい。アンコール曲はバカラックの「Close to You」で、芳垣は、梅田が使わなかった大きな風船でドラムスを演奏した。当の梅田は、マッチを放り込んで気圧を下げた小瓶にウズラのゆで卵を吸引させようとして失敗し、蒸籠に米を入れて「釜鳴り」の音を生じさせようとしてこれも失敗したが、微妙な金属音や共振音で、立派に演奏に参加していた。失敗こそが素晴らしかったし、視覚的には宇波と並んで抜群の不思議度であったことは間違いない。

後で大友に確認したのだが、こうしたスタイルの演奏/展示は、おそらく世界的にも、他に例を観ないだろうとのこと。音楽に関して「リズム隊さえきちんとしていれば、つまり、リズムが音楽としての筋を通せば、音楽が音楽として成立するということですよね」と聞くと、大友はおおむね以下のように答えた。「筋を通すのは、リズムでもメロディでもハーモニーでもいいと思う。もっと言うと、特に誰かが筋を通そうとしなくても、音楽として成立するのが理想。いまのONJOはほとんどその域に達している」。それなのに活動休止というのは残念だが、「なのに」ではなく「だからこそ」の休止かもしれない。
江崎に至っては、大友が当日の午後に「歩いてたら偶然会って」参加したという。融通無碍というか闊達というかいい加減というか、このおおらかさがONJO、あるいはONJO的音楽の一面あるいは本質を示しているだろう。赤瀬川原平は、焦点がふたつある「楕円の茶室」を提唱したが、中心がひとつの真円は、形の完全さゆえに何かが欠落している。いびつな楕円が音楽的空間を形作るONJOは、そのいびつさによって音楽の限界を問い、限界=境界を軽々と越えているのではないだろうか。
10/10から、大友良英+伊東篤宏+梅田哲也+Sachiko M+堀尾寛太+毛利悠子+山川冬樹によるインスタレーション展示『休符だらけの音楽装置』が始まっている(11/3まで。旧千代田区立練成中学校)。10/12には同じメンバーによるライブもあるが、ここでも大友+梅田の協働が行われる。京都での体験を反芻するべく、観にいこうと思っている。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。