COLUMN

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Out of Tokyo

212:グラフィックの逆襲?
小崎哲哉
Date: July 31, 2009
『スタジオボイス』8月号 | REALTOKYO
『スタジオボイス』8月号

30年以上の歴史を持つカルチャー月刊誌『スタジオボイス』が、8/6発売の9月号をもって休刊する。「リニューアルしてから売上は上向いていたのに……」というような声が関係者からは聞こえるが、長年の構造的な出版不況に加え、昨秋からの経済危機による広告収入減が直接的な打撃となり、経営陣は「続けられない」と判断したのだろう。佐山一郎編集長時代から、すべての号にではないが目を通していたから、いろいろな意味で感慨深い。

 

『ART iT』も、印刷版は6/5発売の第24号をもって休刊し、全面的にウェブに移行した。SNS機能を導入するというアイディアが利いてか、おかげさまで評判もよく活況を呈している。公式ブロガーがアーティストを中心に現在60名ほど、サイト内サイトとして参加する「パートナーブース」が商業ギャラリーを中心に11、会員によるブログやコミュニティも日に日に増えている。四半世紀以上「紙育ち」だった身としては、休刊は断腸の思いだが、客観的に見るとウェブへの完全移行はよいタイミングだったのだと思う。とりわけ一次情報をリアルタイムに近い形で伝えられるのは、ネットというメディアならではの、紙にはとうてい及ばない利点だ。動画や音声を、DVDなどの付録という形ではなく、媒体そのものに直接収録できるのも長所と言えるだろう。

 

とはいえ、失ったものは大きい。それはもちろん、誰もが認めるように紙とインクという物質性のことであるのだが、さらに具体的に言えば、グラフィックデザインの力である。佐藤直樹+アジールデザインの端正にして大胆なデザイン、リニューアル後の『スタジオボイス』の、ほとんど暴力的とも言える松本弦人の誌面構成。特に後者の、無謀とも思えるほど多種類のフォントを使用する、多くの文字を斜めに組む、段間を詰めて見出しと文字とのアキをなくすなど、定石を無視したアナーキーなレイアウトはすさまじい。当然ウェブでも不可能ではないが、ウェブの特長である速報性になじまない(デザインに時間がかかる)から、紙でしかあり得ないものと言っていいだろう。紙の上に現れたグラフィックデザインに、我々はデザイナーの手の動きを感じさえする。

 

ひとことで言えば「身体性」である。あるいは「デザインへの生理の導入」である。「物質性」と言ってしまうと、紙とインクは我々の肉体と切り離され、我々とは別のものと捉えられる可能性が高いけれど、実は紙でできた本は、我々が手に取ることによって我々の身体の延長線上にあるものとなる。タッチパネルでない限り、PCの画面に直接触れることのないウェブコンテンツとは、そこが決定的に異なる点だ。いや、タッチパネルであったとしても、指が触れる画面のテクスチャーは記事内容にかかわらず一定不変なのだから、両者はやはり絶対的に別物である。

 

『ZINE'S MATE』(EYE OF GYRE) | REALTOKYO
『ZINE'S MATE』(EYE OF GYRE)
『ZINE'S MATE』(VACANT) | REALTOKYO
『ZINE'S MATE』(VACANT)
江口宏志さん | REALTOKYO
江口宏志さん
『ANARCHY BOOK CENTER』(THE LAST GALLERY) | REALTOKYO
『ANARCHY BOOK CENTER』(THE LAST GALLERY)

そんな気分が共有されているのか、失われゆくものへの惜別の念ゆえか、あるいは単なる偶然か、ジン(zine)、すなわちインディペンデントの小出版物を巡る話題を最近よく耳にする。7/10-12には原宿のEYE OF GYREとVACANTで『ZINE'S MATE: TOKYO ART BOOK FAIR 2009』というイベントが開かれた。参加したのは、個人から小規模商業出版社に至るまでの約70ブース。タカ・イシイギャラリーやヒロミヨシイなど、商業ギャラリーもブースを出していた。個別のブースを持たず、「MIXED BOOTH」に商品のみを出した出展者は100以上。2会場はいずれも超満員で、主催者によれば3日間の来場者は延べ8,000人を超えた。

 

呼びかけ人にして主催者のひとりである江口宏志は「妄想が実現しました。しかも、予想以上の大盛況で感激しています」と興奮を隠さない。江口はビジュアルブックを中心としたユニークな書店「ユトレヒト」の設立者で、『NY Art Book Fair』にあこがれ「いつか東京でも」と願っていたという。会場は超満員とはいえ売れ行きは知れているから、このイベントで儲けた人は誰もいないだろう。それでも、VACANTは常設スペースを作ることを決定したそうで、江口も、できれば来年以降もフェアを続けてゆきたいという。

 

林文浩さん | REALTOKYO
林文浩さん

7/18からは、白金の「THE LAST GALLERY」で「本屋に売ってない本を売る本屋」をコンセプトにしたという『ANARCHY BOOK CENTER』という展示/フェアが開催されている。THE LAST GALLERYは雑誌『DUNE』の林文浩編集長が開いたギャラリーで、今回はアートブックやジンやDVDを扱う「REVISIT」と協力・共催している。プレスリリースに曰く「全てがコマーシャル・カタログ化したマス・メディアの中にあって、システムの外にあるインディペンデント・メディアは、自由な表現とアート性によって、これからますます重要性を増していくはずです」。その当否はさておき、自らのメディアをグラフィックな形で世に送り出したいという表現者は、おそらく増えているのだろう。

 

『フォルド』創刊号 | REALTOKYO
『フォルド』創刊号

7/25には『フォルド(fold)』という雑誌が創刊された。東京大学で表象文化論を講ずる田中純准教授の学生が中心となって発刊したもので、A4判の紙片、B5判の冊子、絵葉書などから成り、フォルダーに挟み入れた手作り感あふれる体裁である。創刊記念のアンケートに「インターネットの時代に雑誌が担う役割とは?」という設問があり、僕は「両者は原理的には、もうほとんど変わらないと思います。強いて言えば、印刷媒体のほうが情報量が少なく、誤報の訂正がむずかしい。つまり、『(より大きな)責任』でしょうか。『紙にインク』という特性に根ざすデザインの優位は、いましばらくは続くかも」と答えた。

 

「『紙にインク』という特性に根ざすデザインの優位」とは、上述の「身体性」あるいは「デザインへの生理の導入」の謂である。松本弦人のアナーキーなデザインには「どうだ、おまえに(ウェブに)こんなことができるか?」とでもいうような格闘技的な挑発が込められている。その意味で、『ZINE'S MATE』や『ANARCHY BOOK CENTER』に並べられていたジンの多くには不満が残った。どこかで見たことがあるようなデザインばかりなのだ。

 

制作予算の制約は言い訳にならない。そんなもの、むしろ逆手に取らなければ。ウェブや既存の雑誌を超え、「自由な表現とアート性」がみなぎる、志もデザイン性も高い紙媒体を手にしてみたい。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。