COLUMN

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Out of Tokyo

210:オランダ・フェスティバル
小崎哲哉
Date: June 26, 2009

『ART iT』のために第53回ヴェネツィア・ビエンナーレを取材し、その後、アムステルダムに立ち寄った。6月初旬に始まったオランダ・フェスティバルに、いくつか面白そうな演目があったからだ。同地在住のピアニスト、向井山朋子が、ほぼ完売だったチケットを不思議なマジックを使って調達してくれた。ちなみに向井山は、7月26日に始まる越後妻有アートトリエンナーレアーティストとして参加し、関連するコンサートを7月16日と17日に門仲天井ホールで上演する。

 

Mikhail Baryshnikov and Ana Laguna in "Three solos and a duet" | REALTOKYO
Mikhail Baryshnikov and Ana Laguna in "Three solos and a duet" | REALTOKYO
Mikhail Baryshnikov and Ana Laguna in "Three solos and a duet" / Photo: Bengt Wanselius
Mikhail Baryshnikov | REALTOKYO
Mikhail Baryshnikov / Photo: Annie Leibovitz
Eine Kirche der Angst von dem Fremden in mir | REALTOKYO
Eine Kirche der Angst von dem Fremden in mir | REALTOKYO
"Eine Kirche der Angst von dem Fremden in mir" / Photo: David Baltzer-Zenit
Eine Kirche der Angst von dem Fremden in mir | REALTOKYO
"Eine Kirche der Angst von dem Fremden in mir" / Photo: Ursula Kaufmann

6月のオランダは日が長いけれど、イタリアに比べるとやはり少々肌寒い。人々は短い夏を十全に楽しむべく薄着で街へ繰り出し、都心では深夜まで音楽・演劇の鑑賞や食事や談笑に興じる。60年を超える歴史を持つフェスティバルは、外出のための格好の機会を与えてくれているようだった。ちなみに同フェスティバルの近年の数字を見ると、3〜4週間の間に40強の作品が90〜100回上演され、約70,000人を動員している。今年はミケランジェロ・アントニオーニの回顧上映や、吉田蓑助が出演する文楽の上演もある。

 

僕が観たのは、ミハイル・バリシニコフ+アナ・ラグーナのダンス『Three Solos and a Duet』(6/6 @ Stadsschouwburg Amsterdam / Rabozaal)と、ドイツのクリストフ・シュリンゲンズィーフ作・演出の『Eine Kirche der Angst vor dem Fremden in mir(怒りの教会)』(6/8 @ Westergasfabriek Zuiveringshal West)のふたつである。バリシニコフを観るのは実に20年ぶりで、往年の華麗なジャンプはさすがに期待すべくもなかったが、軽妙な演技は相変わらずだった。『怒りの教会』は、50歳になるやならずやで癌を宣告された作者シュリンゲンズィーフが、死生観や宗教観の変化を戯曲化したもので、キリスト教の教会に模した劇場内で芝居を観るという趣向。ドラムの生演奏にゴスペルの調べが乗り、フラクサスのハプニング映像の下を素人役者が走り回る。カルト映画作家としても知られる作者らしく、1960年代を想起させるエネルギーにあふれる舞台だったが、ドイツ語の台詞とオランダ語の字幕が共に理解できないこともあり、いまひとつ乗れなかった。

 

楽しみは舞台が跳ねた後に待っていた。元ガス工場の敷地を利用したという劇場の並びに大きなバーがあって、人々が一杯飲りながら観劇後に感想をぶつけ合うのである。オランダ名物、塩漬けニシンの解禁日が翌日だったのは残念だが、濃厚な地ビールのジョッキは瞬く間に空となり、気が付くとウオッカのグラスが並んでいた。芝居や音楽は、飲酒のよい口実となりうる。喉の渇きを増すような興奮を覚えさせてくれるものなら、さらに言うことはないのだが……。などと言いつつ、空の酒杯が増えてゆくのは愉快な謎ではある。

 

Louis Andriessen | REALTOKYO
Louis Andriessen / Photo: Francesca Patella

Stadsschouwburg、すなわち市立劇場の内部にも立派なレストランバーがあって、ダンスを観る前に軽く飲んでいたのだが、終わった後は別の場所に行った。作曲家ルイ・アンドリーセンの70歳を祝うコンサートがあり(@Muziekgebouw aan 't IJ)、そちらに行った向井山と合流したのだ。アンドリーセンと親しく、仕事も共にしている向井山によると公演は大成功で、女王や市長も姿を見せていた。ことに市長のスピーチは感動的で、巨匠への愛にあふれていたばかりでなく、その履歴もそらんじていたという。市長が老作曲家に贈ったのは、「17世紀のスウェーリンクに次いで、ここ400年のオランダ音楽を代表する音楽家」という賛辞だった。

 

ワインを飲みながら、石原慎太郎は映画つながりで故・武満徹と親交があったはずだが同様のスピーチはできるだろうか、とか、ニコラ・サルコジの『クレーヴの奥方』を巡る発言がフランスで波紋を呼んでいるけれど、マンガ好きで知られる麻生太郎は伯父に当たる吉田健一の本を1冊でも読んだことがあるだろうか、などと考えたが、ばかばかしくてすぐにやめた。次に頭に浮かんできたのは、劇場の中や劇場街に、観劇後にゆっくり飲める店が東京にどれほどあるだろうか、ということである。まあ、なくはない。しかし、大きな店は少ないし、終電も早い。大人の社交文化は、日本では育ちがたいかもしれない。

 

ところで塩漬けニシンだが、翌日、トランジットしたフランクフルトの空港でしっかりいただいた。北海の荒波にもまれた魚は、脂がたっぷり乗っていて濃厚な味がした。オランダでは6月に、白アスパラガスも旬を迎える。来年もまた観に来なくちゃ、と思いつつ時計を見ると搭乗時刻が過ぎていて、慌ててゲートに向かって走った。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。