COLUMN

outoftokyo
outoftokyo

Out of Tokyo

202:芸術と学術のコラボレーション
小崎哲哉
Date: January 15, 2009

正月は、久しぶりにロンドンとパリで過ごした。極寒のヨーロッパでは、ウクライナ経由のガスが止められた東欧のみならず、西欧でもホームレスなどの凍死者が続出している。ガザ地区の交戦に関して、反イスラエルや反ハマス・デモが渦巻いてもいる。そんな中、ロンドンではフランシス・ベーコン展(テート・ブリテン。終了)とマーク・ロスコ展(テート・モダン。2/1まで)に圧倒された。巨匠の力業を通観する最良の機会だった。

 

View of the exhibition "V≠L" | REALTOKYO
View of the exhibition "V≠L"
photo by Marc Domage
Ryoji Ikeda + Benedict Gross 'a prime number' | REALTOKYO
Ryoji Ikeda + Benedict Gross 'a prime number'
photo by Marc Domage

パリでは、「数学は最も純粋な美に属する」と言明する音楽家、池田亮司と、ハーヴァード大の学長まで務めた数学者、ベネディクト・グロスが協働した『V≠L』展が頭抜けていた(ル・ラボラトワール。終了)。41番目のメルセンヌ素数(2の冪よりも1小さい自然数がメルセンヌ数。メルセンヌ素数は素数であるメルセンヌ数のこと。41番目は、検証を経て素数であると確認されたものとしては現在最大で、723万5733桁)と、その素数とほぼ同じ桁数のランダムな自然数をモチーフとした作品がメイン。1×5メーターほどのテーブル状のオブジェにデジタルプリントされ、ふたつ並べて地下のギャラリーに設置されていた。裸眼では把握が困難な、700万桁以上の微小な数字を見るために虫眼鏡が渡される。モノクロームの空間は暗く禁欲的な印象で、音楽・音響は一切ない。

 

池田は「数学者にとって素数は宝石のように特別な数で、ランダムな数は数学的にまったく無意味な路傍の石のような存在。でも僕は、数学的に確かに存在しているにもかかわらず、それが『完全に』ランダムであるかどうかは決してわからない後者のほうが素晴らしいと感じる」「作品は作品でそれ以上でもそれ以下でもない。僕にとって重要であり、かつ楽しかったのは、ベネディクトとの1年に及ぶ対話だった」と語る。この作品は出展しないとのことだが、4月に東京都現代美術館で開かれる個展への期待はますます高まる。

 

View of the exhibition Native Land, Stop Project | REALTOKYO
View of the exhibition Native Land, Stop Project
photo by Gregoire Eloy
View of the exhibition Native Land, Stop Project | REALTOKYO
'Brazil'
photo by Raymond Depardon
Raymond Depardon 'Hear them speak' 2008 | REALTOKYO
Raymond Depardon 'Hear them speak' 2008
photo by Raymond Depardon

カルティエ現代美術財団では、普段とはいささか趣の異なる展覧会が催されていた。『Terre Natale: Ailleurs commence ici』(3/15まで)。直訳すれば「生まれた土地:別の場所がここに始まる」。写真家にしてドキュメンタリー映画作家のレイモン・ドゥパルドンと哲学者のポール・ヴィリリオによる共同企画である。

 

1階はドゥパルドンによる2本の映像作品。1本は「Donner la parole」(発言権を与える)と題され、チリ、ボリビア、エチオピア、ブラジルの少数民族や、オック語などフランスの言語的少数派の人々に、それぞれの言語で、それぞれの状況について語らせている。「白人が大地を奪い、森を破壊した」「我々が生活を続けるために白人には出ていってほしい」「夫は政治犯として逮捕された。私にはお金も物もない。子供しか残っていない」「私はこの言葉を話す最後のひとり」「このままではこの言葉は亡びてしまう」などの言葉が胸を打つ。語る人々の背後には多くの場合、美しい自然が広がっているからなおさらだ。

 

もう1本は、ドゥパルドンが「Donner la parole」のために世界中を飛び回った後に、「ポール・ヴィリリオが『速度の病』に汚染されていると難ずる、自分自身の世界と取り組む必要を感じ」て作ったという「Le tour du monde en 14 jours」(14日間世界一周)。ワシントン、ロサンジェルス、ホノルル、東京、ホーチミンシティ、シンガポール、ケープタウンの都市風景が2面スクリーンに、今度はまったくの無音で映し出される。「被害者」としてグローバリゼーションへの呪詛とも言える言葉を吐く人々と、おそらくは「加害者」としての意識などなく、無言のままグローバリゼーション的現実を生きる人々。「奪われる世界/奪う世界」の対比が鮮やかだ。もちろん奪う世界の中にも「奪う/奪われる」関係は存在し、その遠因は同じくグローバリゼーションである。チパヤやヤノマミの民ばかりではなく、パレスチナやブルガリアや東京でも、人々は「奪われて」いる。

 

地下に降りると、ヴィリリオが世界の現況と展覧会の企画趣旨を歩きながら述べる短いビデオに加え、建築を中心とするジャンル横断的なユニット、ディラー・スコフィディオ+レンフロによる、48台のモニターを天井から吊ったインスタレーションがあった。ニュース映像やドキュメンタリー写真のコラージュで、テーマはすべて移動、越境、移民などに関わる。米国とメキシコ国境と覚しい有刺鉄線を飛び越えるヒスパニック系の人々ら、この20年ほどの間になじみ深いとも言えるまでになった夥しい映像が次々に画面に浮かぶ。

 

Exhibition design plan for gallery 2 of Paul Virilio's portion, by Diller Scofidio + Renfro, Mark Hansen, Laura Kurgan, and Ben Rubin | REALTOKYO
Exhibition design plan for gallery 2 of Paul Virilio’s portion, by Diller Scofidio + Renfro, Mark Hansen, Laura Kurgan, and Ben Rubin
photo by Gregoire Eloy

奥には、同ユニットが制作した360度の映像があった。流出入する移民による都市人口の変化、政治・災害難民の現状などを、最新のデータと卓抜なCG映像によって見せる啓蒙的にしてダイナミックな作品だ。中でも印象的だったのは、移民労働力の送金額を可視化したコンテンツ。米、英、仏、独、日など、12のいわゆる先進国が受け入れている60ヶ国の移民が自国へ送る金額が、アニメーションで示されていた。国際農業開発基金の統計によれば「15%の国(およそ30ヶ国)が全移民の80%を受け入れており、全送金の90%はこれらの国からのもの」だという(図録より)。つまり「12のいわゆる先進国」(あるいは「15%の国」)が経済的に打撃を受けると、「60ヶ国」以上に影響が及ぶということだ。

 

「ディラ+スコ」の展示に既視感を覚えたのは、僕が10年ほど前にアーティストのインゴ・ギュンターと、ほぼ同様のCG作品制作の可能性を検討していたからだ。ギュンターは『難民共和国』というプロジェクトを90年代初頭に構想・開始している。「難民共和国は、増加の一途をたどる難民や祖国を追われたひとびと、および移民に基づくコンセプトである。難民共和国は、この現状に関連する問題の解決を試みている」(<www.refugee.net>より)というもので、僕たちのCGは資金調達が叶わず完成しなかったけれど、ギュンターの先駆性はこの一文を見ても明らかだろう。時代は何も変わっていない。むしろ悪化している。

 

Exhibition design plan for gallery 2 of Paul Virilio's portion, by Diller Scofidio + Renfro, Mark Hansen, Laura Kurgan, and Ben Rubin | REALTOKYO
Paul Virilio and Raymond Depardon, 2000
photo by Jeanloup Sieff
(c) The Estate of Jeanloup Sieff

冒頭に記した池田+グロスによる作品と、ドゥパルドン+ヴィリリオ+「ディラ+スコ」による展示には、1点を除いて何らの共通性はない。その1点とは、アーティストや写真家らが、学術的な専門家とともに作品や展示を構想し、実現しているという点だ。こうした傾向は今後も続くと思う。ベーコンやロスコのような天才が死に絶えたと言っているのではない。芸術的表現が現代世界の多様な現実に対応するには、個人の力では足りず、専門家間の協働によってしかありえない場合がますます増えるに違いないのである。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。