
「We can change」のバラク・オバマ大統領誕生も与ってか、世界中が「変化/変革」ブームであるように思える。いや、話は逆で、あまりに展望のない停滞ムードが世界を覆っているからこそ、多くの人が変化/変革を望んでいるのだろう。そんな中(と書くと大げさだが)、来年開催される舞台芸術の祭典『フェスティバル・トーキョー』(F/T)の記者会見が開催された。ここには変化/変革の兆しがあるように僕には感じられた。


F/Tは2009年2月末から1ヶ月ほどの間に、池袋の東京芸術劇場などで開催される。今回が初開催だが、実質的には今年の春まで毎年開催されていた『東京国際芸術祭』(TIF)が形を変えたものと言ってよい。TIFは1988年に始まり、その後、『東京国際演劇祭』『東京国際舞台芸術フェスティバル』と名前を変え、08年をもって終了した。00年以降の運営には、一貫してNPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)が当たっているが、F/Tの運営も、ANJが中心となって進められている。ちなみにF/Tは、東京都と東京都歴史文化財団が進める「東京文化発信プロジェクト」の一環として企画されたもので、TIF時代と比べて、予算が(したがって規模が)大きく膨らんでいる。
「変革の兆し」というのは、しかし予算や規模の話ではない。もちろん、先立つものがなければ何も変わらないし、これまでの手弁当的な状況が、東京都からの支援によって大きく変わることは間違いない。TIFは、当初こそ自治体(東京都)の支援を仰いでいたが、その後は国際交流基金や文化庁などを除くと、いわゆる企業メセナに助成金や協賛を求めていた。資金的に潤沢とは言えず、良心的なプログラムを提供しつつも、運営的には苦戦していたのではないか。それが激変することになる。


だがそれよりも、企画の牽引役が一気に若返ったことに注目したい。企画面の最高責任者であるプログラムディレクターに、30代前半の相馬千秋が就任したのである。相馬はフランスでアートマネジメントを学び、帰国後にANJに就職。TIFで現場体験を重ねた。特筆すべきはTIF2004のプログラミングで、パレスチナの劇団「アルカサバ・シアター」による『アライブ・フロム・パレスチナ—占領下の物語』公演は、出演交渉から制作までが相馬の仕事である。この年から、いわゆる『中東シリーズ』が始まることになる。
僕はたまたま、この企画に関わる面白い場面に立ち会っている。2003年の4月に、映画『D.I.』公開を機に来日したパレスチナ人監督、エリア・スレイマンのティーチインが飯田橋の日仏学院であり、僕がモデレーターを務めたときのことだ。エルサレム、ラマラ、ナザレなど緊迫した地域における悲惨な状況を、超現実主義的とも呼ぶべき奇妙なユーモアとともに描いた『D.I.』の上演が終わり、スレイマン監督の話も一段落して、観客/聴衆との質疑応答が始まった。真っ先に手を挙げたのが、当時まだ20代だった相馬である。映画の冒頭に出てくる、サンタクロースに扮した俳優に関する質問だった。「あのサンタの俳優は、もしかしてジョージ・イブラヒムではありませんか?」と相馬は尋ねた。

イブラヒムは俳優で、上に挙げたアルカサバ・シアターの主宰者でもある。相馬は『アライブ・フロム・パレスチナ—占領下の物語』を東京で上演すべく奔走していたが、現地情勢もあってか、なかなか連絡が取れずにいた。そんなときに、たまたまパレスチナ映画を観に来たら、会いたいと思っていた当の主宰者がスクリーンに現れたのだ。スレイマンも驚いていたが、ともあれその後、相馬はめでたくイブラヒムとの接触に成功した。スレイマンに直接、連絡先を聞いたのかもしれない。ともあれこのティーチインから1年も経たない内に、中東の劇団は初の東京公演を行い、極東の観客たちを唸らせることとなった。
相馬の持ち味は、このフットワークの軽さにある。翌年にはアーティストの椿昇とともにイスラエルに飛び、アルカサバ・シアターに再来日を要請。椿に舞台美術を担当させて、TIF2005で『壁-占領下の物語-』を上演した。『中東シリーズ』は2007年まで連続して行われ、チュニジアの演出家ファーデル・ジャイビや、イスラエルの振付家ヤスミン・ゴデールらが招聘されている。おそらくは相馬の語学力と、粘り強い交渉力とが、優れた舞台芸術の上演を実現させたのではないか。

(C) HG Raffaelli
長年TIFのエグゼクティブディレクターを務め、ANJにおいて相馬の上司でもある市村作知雄は、今回は完全に相馬の後見役に徹するつもりであるようだ。F/Tの記者会見で市村は「議員代表制ではなく、大統領制」という表現で、相馬にすべてを任せる旨を宣言した。30代の責任者は、欧米の文化芸術シーンではごく当たり前だが、東アジアなど非欧米圏ではなかなか任命されない。準備期間の短さゆえか、1回目のF/Tは日本人中心のラインナップだが(とはいえ、蜷川幸雄、天児牛大&山海塾、平田オリザ、松田正隆、高山明、飴屋法水、井手茂太、白井剛らに加え、イ・ユンテク、ロメオ・カステルッチらも参加する豪華なラインナップだが)、今後は相当に期待できるのではないか。
ある程度の予算も確保できた「大統領」は、国際的な金融危機のさなかにある合衆国大統領よりも恵まれていると言えるかもしれない。上司や参加者も含め、変化/変革を期待する周囲も、若いディレクターに好意を持って協力するのではないか。ただし、不安がないわけではない。金も出すが、同時に手や口も出したがる輩のことだ。現場を知らない役人たちが、余計な口出しをしないことを祈っている。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。