



2年前のArt Taipeiはひどい有様だった。会場は元ビール工場とかで、開放的で雰囲気はよかったけれど、亜熱帯気候なのにエアコンがない。あまつさえ雨漏りまでして、参加ギャラリーから不満と抗議の声が上がっていた(OoT 138参照)。特別招待作家として、オーストラリアからはるばるやってきたパトリシア・ピッチニーニは、自作の画像がポスターやら図録の表紙やらに無断で使われているのを知って、怒りのあまりほとんど講演をキャンセルするところだった。聞けば、その前年の招待作家だった小沢剛も、まったく同じ目に遭ったという。南国の大らかさゆえ、と笑っては済ませられないお粗末さだったと思う。
今年は面目一新、まったく違っていた。小さなトラブルはいくつかあったようだが、フェア自体は格段に洗練されていた。会場は、台湾一高い超高層ビル「台北101」の至近にある台北世界貿易中心(台北ワールド・トレード・センター)。天井の高い広々とした空間に、海外48を含む計111のギャラリーがブースを出展した。数字は発表されていないが、地元のコレクターを中心に、売上も悪くなかったようだ。


特筆すべきことはふたつある。ひとつは、特別企画展『Art & Tech - Wandering』。アートバー「BT」の経営者でもあるインディペンデントキュレーター、胡朝聖(ショーン・フー)がArt Taipeiとともに企画した小規模のメディアアート展示で、故ナムジュン・パイク、ゲイリー・ヒル、ジム・キャンベル、陳界仁(チェン・ジエレン)、ショーン・グラッドウェルの作品が特設ブース内に並べられた。予算不足のためか設営が雑で、ヒル作品と陳作品の音が重なり合って聴きづらい、といった不具合はあったが、売買を目的とするアートフェアで、直接ビジネスと結びつかない展示が実現したことは評価してよい。欧米のアートフェアではかなり見られるようになったが、アジアではまだ多々あることではない。もちろん、台湾においてメディアアートが盛んであることにも関係はあるだろう。


もうひとつは、35歳以下の若手アーティストを8人ほど選んだ『Made in Taiwan - Young Artist Discovery』。行政院文化建設委員会の肝煎りで、小さいながら独立したブースを持たせていた。言うまでもなく、各作家にはギャラリーが付いているのだろうし、108人の応募があったという作家の選出に当たっては政治的な駆け引きもあったかもしれない。だが、若い才能について知りたい(あるいは青田買いをしたい)来場者にとっては、非常にありがたい企てである。何度も書くけれど、アートには金だけで割りきれない側面があり、その側面は逆に、市場に影響することもある。同様の試みが、例えばアートフェア東京などでも行われることを強く望む。
例によって僕の目的は、作品を買うことにはなかった。Art Taipeiの主催者である中華民國畫廊協會に招かれ、一般来場者を前に講演を行ったのだ。『ART iT』18号の特集に基づき、タイトルは「浮遊するジェネレーション」。30代以下の日本のアーティストに見られるある傾向について、作品写真を見せながら話をした。詳しくは同特集と、16号の映像アート特集に収録した座談会、そして講演原稿をご覧いただきたいが、「白」「影」「落下」「浮遊」がキーワードであることだけを記しておく。この4つのいずれか、あるいはすべてに当てはまる作品が、今世紀に入ってから増えているのではないか、というのが僕の仮説だ。
とりわけ、最後の「浮遊」が日本あるいは東アジアに固有のものか、現代という時代にある程度普遍的に見られるものなのかどうか、というのが目下の関心事のひとつだ。昨年、東京都現代美術館で開催された『SPACE FOR YOUR FUTURE』展に出品された、アピチャッポン・ウィーラセタクンの「Emerald」は、懐かしさを喚起する抑えた色調の実写画面に、CGで作られた光の粒が美しく乱舞する「浮遊」する映像作品だった。これも、仮説を裏づける傍証のひとつだと思う。

今回の台湾行でも、傍証はいくつか見つかった。例えば也趣藝廊で開かれた、臺北美術獎受賞作家である陳萬仁(チェン・ワンレン)の個展。3面スクリーンの全画面が白く輝き、行き交う人々の影が路上に色濃く焼き付けられ、飛行機やミサイルのような物体がときおり雲をかすめて飛び行くという巨大な映像インスタレーションが強く心に残った。大陸との軋轢から逃れられない台湾の現状を背景に、若い世代の「あてどなさ」や「寄る辺なさ」を表現した、26歳の新鋭による傑作だ。
先が見えづらく、不安がかき立てられる時代に我々は生きている。その時代に敏感に反応し、反応した結果として作品を作る表現者がいる。好むと好まざるとにかかわらず、そして認めると認めざるとにかかわらず、我々はそうした作品に会い続けるだろう。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。