

メルボルン大学のアジアリンクと日本の国際交流基金のご厚意で、シドニーで開かれた会合「Australia Japan Visual Arts Forum」に出席してきた(6/16-17@Australian Council for the Arts)。1日半にわたる非公開の会議で、その名の通り豪日のアート関係者が参加。文化芸術活動を支援する財団の責任者、文化官僚、美術館館長、キュレーター、それに開催中のビエンナーレ・オブ・シドニーの参加アーティストら、総計30人弱が卓を囲んだ。
当初は過大な期待を抱いてはいなかった。1日半たっぷりの日程で、ほとんどの話者が英語でしゃべるから逐次通訳の時間は不要といっても、出席者が30人近いとあっては、実り多い結果など望むべくもない。ところが、モデレーターを務めたアジアリンク芸術セクションのディレクター、アリソン・キャロルの魔術と呼びたくなるような進行により、単なる社交辞令交換の域を超えた、実質的で現実的な協働プランの具体案が話し合われた。ときに寛大な母親のように、ときに厳しい教師(あるいは調教師)のように、業界の強者を叱咤し、激励し、鼓舞した手腕には脱帽せざるを得ない。


まず全体会議で、各人が日豪のアート交流における現状認識を述べ、今後の展望に関する問題点や戦略について語った。その後、4つの分科会に分かれ、それぞれが個別の問題について具体案を話し合った。与えられたお題は以下の5点で、誰もがこの内3点について話さなければならない。1:豪日のアーティストに関する諸問題。2:両国における視覚芸術関連機関・団体に関する諸問題。3:視覚芸術における豪日の協働。4:欧米中のパワーを考慮した上での視覚芸術における豪日の国際的な位置。5:地域(他のアジア=パシフィック諸国)におけるリーダーシップ。
ほぼすべての参加者の職掌にぴったりの議題である。ただひとりの例外はほかならぬこの僕で、それは、僕以外の全員がアート展を「つくる」側の人々であり、僕だけが「観る」側の人間だったからだ。僕以外の全員が、「つくる」側としての現状認識に基づき、「つくる」際の問題点を指摘し、よりよく「つくる」ための提言を行った(非公開の会議なので詳述はできないが、例えば、豪日間のキュレーター交換研修。言うまでもなく必要な制度であり、ぜひ実現させてほしい)。僕は「観る」側としての現状認識に基づき、「観る」に当たっての問題点を指摘し、よりよく「観る」ための提言を行った。提言したのは相互理解のためのウェブサイトを設けることと、作り手ではなく「観る者」を育成するシステムを作ること。後者は概略、以下のような内容である。

昨今、文化芸術表現の各領域において、独創的な作品が激減する一方、幼稚で一発芸的なものが溢れかえり、「子供っぽさ」に開きなおるような傾向さえ見られる。様々な理由が考えられるが、おそらく最大の原因は、若い世代が先人の業績や同時代の一流の表現に接する機会が非常に少ないからではないか。映画、音楽、文学、建築は多少ましとはいえ、能、文楽、歌舞伎しかり、シェイクスピアやベケットしかり、ピナ・バウシュやウィリアム・フォーサイスしかり、ヴェネツィア・ビエンナーレやドクメンタしかり。
これまで芸術文化表現を志す者は、まずは「観客/聴衆/読み手」であることから始め、人によってはレビュワーの時代を経て創作者となり、正統的歴史の上に独創的な表現を打ち立ててきた。その意味において、「送り手=表現者」を受け止める優秀な「受け手=オーディエンス」を育てることは、表現者の育成に先立つものとして喫緊の課題である。見巧者、すなわち優秀な受け手はあらゆる文化芸術シーンを活性化し、いずれ本人がシーンの担い手となる可能性がある。
そこで、「アーティスト・イン・レジデンス」ならぬ「オーディエンス・イン・レジデンス」という制度を創設することを提言する。オーディエンスにとってのレジデンス=滞在場所とは、映画館や美術館やギャラリー、劇場やコンサートホールなどにほかならない。公募を行い、学生の中から意欲的なものを若干名選び、「何を観て、何を聴くべきか」という指針と、ときとして高価に過ぎるチケットを無料で与え、できうれば外国など遠方へ赴く交通費や宿泊費を供与する。年間100本ほどの文化イベント鑑賞を義務づけ、さらに、毎月数本のレビューを書かせる。優秀なレビューはREALTOKYOに掲載する。

人数を絞れば大した出費ではなく、10年後、20年後の文化芸術シーンに資することを考えれば費用対効果はすこぶる高い。専門家による「指針」は、これもRTなどで公開するので広く一般に共有されることが期待され、レビューの掲載によって批評や言論の領域にも波及効果がある。まずは豪日間で始めてみないか……。
案の定、(特に「オーディエンス・イン・レジデンス」という名称が)大受けだったが、実は以前から考えていたプランである。この連載の第150回「古典の消滅?」の文末に「そのための(古典を消滅させないための)方法を、具体的に考えはじめている」と記したが、その「方法」というのが、このオーディエンス支援システムだ。すでに8人の専門家に、指針を示すコミッティへの参加を呼びかけ、内諾を得ている。原資を得るために、とある助成金制度への申請も行った。仮に獲得できなくても、個人的にでもやってみたいと思う。
ウェブサイト構築についての僕の提案は、当面は豪日間、いずれはアジア=パシフィック全域における、互いの美術史的な背景を理解するためのアーカイブ的なウェブサイトにしようというプランにまで発展した。特に後者は、オーディエンス支援システムと共通点があるように思う。未来に伝統を継承するために、というその目標と、最小費用で最大効果を求める、というその姿勢である。どちらのプロジェクトにも最低限の予算が必要なことは言うまでもない。「観る」側のひとりとして、個人法人を問わず、支援してくれる方々に地道に声をかけていきたい。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。