
ダグラス・ゴードンが来日するというので、京都までインタビューしに行った。作家が「正当化された罪人の告白」(1995)を出展している『英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』(森美術館。7/13まで)が開かれている東京ではない。京都国立近代美術館で、『ART RULES』と題するパフォーマンスが、たった1公演だけ開かれるというのだ(5/3)。ヒッチコックの映画を24時間に引き延ばした「24時間サイコ」(93)や、フィリップ・パレーノとの共作「ジダン 神が愛した男」(2006)で知られる英国のトップアーティストは、この公演ではメンバーのひとりとして舞台に立つという。
公演前日に行ったインタビューは、7/17発売の『ART iT』20号に掲載するのでぜひ読んでいただきたい。公演自体は破天荒なエネルギーに満ちていて、京都近美のような国立の施設がよく引き受けたな、と思わせるようなものだった。メンバーはゴードンのほか、全員がアートスクール出身という女性だけのバンド、チックス・オン・スピード、それに、アート、音楽、ファッションなどのジャンルで活動する表現者たち。京都ではさらに、ボアダムスのヨシミを中心とする女性だけのバンド、OOIOOが演奏で、珍しいキノコ舞踊団の伊藤千枝が振付で、ベルリン在住のアーティスト、花代がラップ(録音)で参加した。
背景をなす主張や思想は、メンバーによるテーマソングによく表されている。オリジナルは英語だが、花代と娘の点子による和訳のラップが流され、300人の聴衆の大半を占める日本人にもよく伝わったと思う。曰く「アートはリッチなやつらの遊び場だ/金持ちはいつだってアーティストと一緒/アート・バーゼル、マイアミ/ヴェネツィア・ビエンナーレ/宝くじよりいんちき、出来レース/アーティストとディーラー、どっちが上?/女はどこ? 男の下/(中略)アートがルール、お金がツール/そこの無名の君、死んで有名になれ/たったの33歳で回顧展だ!/今うけてるものは、明日も通用するのか?/キャリアなんて一筆で台無しよ/パブリックアート/政府のひも付きクソ作品/お役所臭いアート屋が手ぐすね引いて待っている/最前列にはプロジェクトの一発屋ばかり/ヒートミサイルのジェフリー・ダイチが飛んでくる/(中略)アートがルール、お金がツール……」
現地で滞在制作した映像を背景に流しながら、こういった歌が大音響で演奏され、男性至上主義的な現代アートの系譜がフェミニズム的な視点から解説されるスライドレクチャーが行われ、唯一の男性、ゴードンは「5つしかコードを知らない」というギターを弾きながら決して上手とは言えない歌を披露し、果ては裸の尻を女性メンバーにレコード盤で引っぱたかれる。クライマックスではメンバーの大半が素裸となり、頭から絵具をかぶり、出演者も聴衆も一体となって踊り狂い、そのまま終幕となった。「1960年代みたいだ」と僕は思った。いや、こんな体験を40年前にしたわけではなく、既視感を覚えたわけでもなく、何となくそう感じただけだが。アングラ、ヒッピー、反体制の60年代……。
06年、ゴードンが個展を行ったニューヨーク近代美術館(MoMA)を皮切りに、『ART RULES』はポンピドゥ・センターやテートなど、欧米の美術館で公演を行っている。美術館以外の場所では上演しないとのことだが、この方針/原則には異論もあるに違いない。「アートという制度」に抗するような内容だからこそ、というのがメンバーの言い分だろうが、「制度の内側でそんなことをやって何になる」と思う人も多いだろう。「彼らが批判しているマーケット主導型のアートシーンと美術館は一線を画している」と言う人もいるかもしれないが、もちろんそれは「べき論」「理想論」でしかなく、現実にはMoMAを筆頭に、欧米の主要美術館はマーケットにがっつりと組み込まれている。ある意味では、彼らこそがマーケットを構成する必要にして不可欠な重要要素とも言えるのだ。
その一方で、ゴードンのように制度内で名声が確立され、作品が高値で取引されるアーティストに対しても批判/非難は絶えないだろう。「おまえにマーケットを批判する資格はあるのか? 公演が免罪符になるなんて本気で信じているのか?」と詰問する声が聞こえてきそうだ。だが僕は、ゴードンの勇気は褒め称えていいと思う。名声の確立と作品の高値は覆しようのない成立した事実であり、その事実からゴードンは離れ得ない。免罪符になるどころか、批判/非難が来るのは百も承知の上でお尻まで出してるんだから、素直に「エライ!」と思う。公演のセンスは、率直に言うと僕の趣味とは相容れないものだったけれど、なかなか楽しいものではあった。少なくともこの国ではまず見られない内容ではあるし、ぜひ今後も続けてほしい。追随者あるいは挑戦者も大歓迎だ。
京都近美は、費用を分担してくれる美術館と共催すべく国内のいくつかに声をかけたそうだが、試みは実らなかったそうだ。たった1日の公演に「展覧会ひとつ分とほぼ同額の予算」を投じることになったとのことで、その「蛮勇」には大いに敬意を表する。ただし、例によって宣伝告知方法には疑問を呈したい。僕はアート雑誌を作っているので情報を入手できたけれど、この公演の存在は東京では、業界関係者を含めてほとんど知られていなかった。京阪神でも(300名の定員は埋まったとはいえ)、「話題になった」とは言いがたいと少なくとも僕は感じている。天下のダグラス・ゴードンですぞ。もう少し、多くの人に知られるともっとよかったと思う。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。