




『ART iT』19号(4/17発売)が校了したのも束の間、4月の第1週からクレージーな「東京アート月間」が始まった。『ニュートーキョーコンテンポラリーズ』『101TOKYO Contemporary Art Fair』(以下、101)、『五島記念文化賞授賞式』『アートアワードトーキョー』『アートフェア東京』(以下、AFT)……。各フェアの関連イベントやパーティなどに加え、週末には清澄のギャラリーによる合同オープニングがあった。第2週以降も、椿会(塩田千春+袴田京太朗+丸山直文+やなぎみわ:資生堂ギャラリー)、ヴォルフガング・ティルマンス(ワコー・ワークス・オブ・アート)、鴻池朋子(ミヅマアートギャラリー)らの展覧会が相次ぎ、月末には『英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』(森美術館)が開幕する。東京以外でも『ロン・ミュエック展』(金沢21世紀美術館)や犬島プロジェクト「精錬所」の開催、十和田市現代美術館の開館などがある。3月は舞台芸術の催事が相次いだけれど、4月はアート界の人々にとって「残酷な月」だ。
昨年、動員も売上も飛躍的に伸ばしたAFTは、今年は売上こそ約10億円と横ばいだったものの、動員は4万3千人と前年度の3万2千人を大きく上回った(主催者発表)。個人的には、ミヅマアートギャラリーと山本現代の展示が群を抜いていたと思う。ミヅマは鴻池朋子の、山本現代はヤノベケンジの、それぞれ個展。しかもいわゆる「ミュージアムピース」的な大作がメインだった。昨今のアートブームに乗ってのことだろうが、こういった部分にAFTの成熟を感じる。実際、どこの館かは教えてもらえなかったが、美術館からの問い合わせもあるという話だ。もちろん「成熟」は「老化」の始まりとなる可能性も孕んでいるわけで、「ブーム」の未来に一抹の危惧を感じていないでもないことを書き添えておく。



話題の101は第1回目だったが、老舗のAFTとは初回から好対照を為していた。現代美術に限っていたこと。ほとんどが若手のギャラリーだったこと。28の参加ギャラリーの内、半数が海外からだったこと。アーティストへの賞を設定したこと、などなど。関連イベントやパーティも連日開催され、海外ギャラリーの多さも相まって、欧米のフェアのような華やかさが感じられた。メインアドバイザーのひとり、ジョニー・ウォーカーの功績を第一に挙げるべきだろう。東京アートシーンの名物男で、何かと話題になって陰口を叩かれたりもするが、僕はその熱意と健闘を称えたい。ただし、関係者への連絡その他、運営に関する問題点が多すぎた。ギャラリーと賞の選考に関わった者として言わせてもらうけれど、次回以降は改善してほしい。Yoroshiku!>Johnnie
101でもうひとつよかったのは、商業的なフェアであるにもかかわらず、非営利の団体「PILOT LONDON」と「アート・オウトノミー・ネットワーク(AAN)」に、共同でアートアーカイブの公開と作品展示を行わせていた点だ。PILOTは英国を本拠地とする団体で、商業ギャラリーに所属していないアーティストのポートフォリオを収集し、ときに展示を行い、活動を側面的に支援している。作家の選定は各国のキュレーターらが行い、ヴェネツィア・ビエンナーレやフリーズ・アートフェアなどでもポートフォリオを公開している。今回は横浜を拠点とするAANが協力し、AANの嘉藤笑子が日本の若手作家のポートフォリオを集め、数人の作品展示も行った。中でも水川千春の作品が、アート作品とアートフェア、あるいは市場との関係を考えさせるものだった。


水川は自身が入った風呂の残り湯を素材とする作品を作り続けている。今回はあぶり出しの平面作品と、ゼリーで固め、宝石のようにカットした数点のオブジェを出展していた。ガラスのケースに収められたオブジェは本物の宝石のようにきらめいて美しいが、一定の時間が過ぎると周囲の湿度によって溶け、最後には消えてしまうという。「Out of Tokyo 167」で触れた宮永愛子のナフタリン作品とも共通するが、短期間の内に消滅してしまうのだから、商品としてはおよそ成立しがたいアートと言えるだろう。こういう作品がアートフェアの中で、他の(売買可能な)作品と同一の空間に展示されるということが面白い。
もっとも、そうした作品ですら市場に取り込みうるのが、現代美術という怪物的に貪欲なジャンルのすごさである。たまたま同じ会場で開催された「アート作品のソーシャルライフ」というシンポジウムに出演したパネリストたちに「どう思う?」と質問してみたところ、東京都現代美術館学芸員の住友文彦は「記録映像なりサインなりは問題なく売れるんじゃないか。現代美術は、そんなヤワな業界じゃないでしょう」と答えた。「購買証明」のようなものさえ添付すれば、作品自体でさえ売れるということだろう。
101は「売れる」ことを考えて水川作品を展示させたのではないだろうが、PILOTを呼んだのは、間接的に「売る」ことに役立つと考えてのことだと思う。そうした政治的配慮も含め、確かにこの業界はヤワではない。タフでなければ生きていけないのだ。でも同時に、作家や作家を支援する人々に優しい業界でもあってほしい。フィリップ・マーロウではないけれど、優しくなれなければ生きている資格がないと僕は思う。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。