COLUMN

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Out of Tokyo

176:舞台としての都市
小崎哲哉
Date: November 29, 2007
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左より、女優の暁子猫、及川光代、高山明

「昭和53(1978)年に完成したサンシャイン60ビル。当時は東洋一と謳われましたが、その後次々にビルが建ち、近ごろではだいぶ見えにくくなりました。大都会東京は、日々刻々と姿を変えてまいります。昨日あったものは今日はなく、今日あるものも明日はない。はとバス『夜のお江戸コース』。私のつたない案内が、昔を偲ぶよすがとなれば幸せに存じます……」。昭和35年に『はとバス』に入社し、35年務めたという及川光代さんは「20年ぶりなんでロレってますね」と苦笑するが、いやいや、さすがの名調子だ。

 

観光ツアーのレポートと思われるかもしれないが、そうではない。正式名称は「ツアー・パフォーマンス『東京/オリンピック』」。ドイツで演出メソッドを学んだ高山明が率いる演劇ユニットPort B(ポルト・ビー)による実験的な「公演」である。「おばあちゃんの原宿」こと巣鴨地蔵通り商店街に集合し、チャーターされた本物の「はとバス」に乗車し、1964年の東京五輪にちなんだ場所を中心に、半日かけて都内を見物する。及川さんは「女優」としての参加であり、コースは実際の「夜のお江戸コース」とは異なっている。

 

バスは池袋〜原宿竹下通り〜代々木第一体育館〜選手村があった代々木公園前〜国立競技場〜日本武道館〜上野の「シークレット・ゾーン」〜秋葉原の「アトラクション」〜レインボーブリッジ〜お台場〜東池袋〜「にしすがも創造舎」と進む。この日(11/22)は首都高の渋滞がひどく、19:30終了の予定が21:00を過ぎてしまった。集合は14:00だったから、7時間ほどかかったことになる。

 

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「なんだ。やっぱり観光ツアーか」と言われそうだが、繰り返すがそうではない。予期せぬ場所から撮られる「記念撮影」がある。舟券を購入した上での競艇の中継がある。歩きながら、MP3プレーヤーに録音されたインタビューを聞かされたりもする。竹下通りではモデルのスカウトや商店街の人々ら。後者からは、監視カメラの必要性についての意見も聞かれた。「この辺は意外に住宅地で」と言われて視線を上げると、ブティックやクレープ屋が入るビルの上に一般住宅と思われる部屋がいくつも見える。秋葉原の「アトラクション」とは実はゲームセンターで、ゲーマーたちは「普段は1日2000円くらいしか使わないようにしてるけど、熱くなると諭吉さんが2、3枚消えちゃう」「ゲーセンなりのコミュニケーションも必要だと思う」などと話していた。上野の「シークレット・ゾーン」とは囲碁センター。ゲーセンと囲碁センターの両者を知る観客はほとんどいないだろうから、「アトラクション」「シークレット・ゾーン」という呼び方も、さほど大げさには響かない。

 

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最も「パフォーマンス」らしかったのは、2度ほど流された録音の車内放送だろう。最初は靖国神社へ向かう道すがら、「私たちのはとバスが、いま、靖国神社の巨大な鳥居に向かって、一直線に走っていきます。平和と安全とスピードのシンボル、鳩の名を冠した私たちのはとバスが、悠々と前進していきます……」。2度目はサンシャインに戻ってきたときで「かつてA級戦犯7名を含む60名が処刑された巣鴨プリズン跡地に、60階建ての超高層ビルが天をつく高さで聳えております。未来に広がる街“サンシャイン・シティ”として生まれ変わった町が、その名の如く燦然と光り輝いております。かつての闇を煌々と燃やしているかのようであります……」。

 

2016年の五輪開催都市に立候補している東京で、この公演を企画した意図は、上述のテキストから明らかであるように思われる。構成・演出を担当した高山は、「みんながひとつの方向を向いているのは好きじゃないし、あまりよいことだと思えないんですよ」と語る。とはいえ、かつての過激な街頭演劇のように観客へ過剰な参入を強いないこともあり、思いを声高に主張しているという印象は薄い(前作はもう少し「参加型」のものだったというが未見)。それよりも、東京という巨大都市の複雑に折り重なったレイヤーが、観光バスというアウトサイダー向けの装置によって、インサイダーの目に垣間見えるように仕向けたという点を評価したい。レイヤーとはもちろん、過去の歴史や記憶の集積の謂である。

 

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20年近く前に、友人たちと釣船をチャーターし、東京の水路探訪をしたことを想い出すが、舟やバスによる「ツアー」のもうひとつの妙味は、普段意識せずに眺めている都市の風景が、物理的な視点の移動によって劇的に変わることだ。今回のツアー・パフォーマンスでは、そこにさらに「観る/観られる」関係を考えさせられる要素が加えられていた。ひとつは、旗を持ったガイドに付き従うことによって、観客自身が自分たち以外の通行人らに奇異の目で見られること。もうひとつは、付け加えるまでもないが、バスを追走しつつ要所要所で「記念写真」を撮るカメラマンの存在である。観客はその都度、「観客」と「役者」の間を行ったり来たりすることになる。

 

そういえばその昔、「劇場都市」なる言葉が流行った。シェイクスピアではないが、都市は舞台であり、都市に生きる者は役者なのだ。自らが実は役者のように振る舞っていることを想い出し、同時に観客として都市を眺めるのは奇妙だが快い体験である。ベテランバスガイドの練達の芸が、芸能史にしかるべき位置を占めているのを再認識することも。

 

ところで、気になる競艇の結果だが、舟券は見事に的中。最後に渡された熨斗袋には、金500円也が入っていた。12月の「公演」は、2日(日)、3日(月)、8日(土)、9日(日)、13日(木)、16日(日)、19日(水)、23日(日)に行われる。<http://portb.zone.ne.jp/>参照。

 

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。