COLUMN

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Out of Tokyo

175:北京の秋
小崎哲哉
Date: November 15, 2007
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内装を手がけたのは建築家のジャン=ミシェル・ヴィルモット
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海外プレスだけで65人が招かれた
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ミリアム&ギー・ユランス夫妻
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費大為館長
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張暁剛の作品(1989)
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張培莉「30 x 30」(1988)
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邱黯雄「Staring Into Amnesia」(2007)

2年ぶりに北京を訪れた。ユーレンス現代美術センター(UCCA)なる大型美術館が大山子(ダーシャンズ)地区の「798芸術工廠」に開館し、内覧会に招かれたのだ(11/1-3。一般公開は11/5から)。ベルギー出身の実業家、ギー&ミリアム・ユランス夫妻の1,500点を超えるコレクションをもとに、スイスを本拠地とするユーレンス財団(「ユーレンス」は「ユランス」の英語読み)が運営するもので、もと工場を利用した敷地総面積8,000平米、天井高9.6メーターという巨大な空間である。初日の着席ディナーには700人、2日目の立食パーティには1,500人が招かれた。北京の、というより東アジアにおける、有数のアート新名所の誕生である。

 

開館展は『'85 New Wave Movement: The Birth of Chinese Contemporary Art』('85新潮:中国現代美術の誕生)と題されていた(2月17日まで)。1985年は、中国現代美術にとって大きな節目で、「'85新潮」というアート運動が、伝統的美術への決別とモダニズムへの突入を宣言・実践した年である。その後、前衛芸術グループが次々に誕生し、状況は激変した。UCCAの費大為(フェイ・ダウェイ)館長によれば、『チャイナ・アヴァンギャルド』展(中國美術館/北京)と『大地の魔術師』展(ポンピドゥ・センター/パリ)が開催された89年も分水嶺の年だ。後者には黄永ピン(ホアン・ヨンピン。「ピン」は「石」偏に「氷」)や顧徳新(グー・デシン)らが参加している。開館展には、ふたりを含む30人の作家による137点の絵画、写真、ビデオ、インスタレーションが集められている。

 

中国現代美術のバブルっぷりはご存じの通りである。昨年末には張暁剛(チャン・シャオガン)のペインティングが、香港のオークションハウス、クリスティーズで230万ドル、今年3月にはニューヨークのサザビーズにおいて211万2000ドルで落札されている。その張の、現在の作風とはかなり異なる、しかし面影を宿す20年前の作品を観るのは非常に面白い。張だけではなく、いまをときめく徐冰(シュー・ビン)、王廣義(ワン・グァンイー)らの初期作品もある。張培莉(チャン・ベイリー)の「30 x 30」(1988)は、中国美術における史上初めてのビデオ作品だということだ。

 

90年代中盤以降はいわゆる「ポリティカルポップ」と「シニカルリアリズム」が一世を風靡した時代である。「中国アート」と言えば誰もが王や岳敏君(ユエ・ミンジュン)や方力鈞(ファン・リージュン)を想起しただろうが、それこそがバブルの始まりだった。その意味で今回の展示は、すぐれて教育的な、ミッシングリンクを考えさせる試みだと思う。ミッシング(欠落)しているのは、80年代と90年代との、志とカネとの間に隔たりをなした何かである。89年が天安門事件の年であり、その年以降、黄を始めとする多くの作家が、また、費を含む批評家や美術史家が、国外滞在を余儀なくされたことに留意したい。

 

今回の短い滞在では、この展覧会以外にふたつの収穫があった。ひとつは、キュレーター/批評家の皮力(ピー・リー)が運営するアートスペース「ユニヴァーサル・スタジオ」での邱黯雄(チウ・アンション)の個展。昨年の上海ビエンナーレや、今年初頭の東京都現代美術館で展示されたアニメーション作品「新山海経」をご記憶の方もいるだろうが、今回は中国現代史に真っ正面から取り組んだインスタレーションである。暗い空間に設置されているのは本物の鉄道車両。そのすべての車窓に、日中戦争や長征や毛沢東の葬儀などを記録したニュース映像が投影されている。浮ついたところ皆無の直球作品だった。

 

もうひとつは、UCCAのレセプションパーティの晩に、なんと深夜零時から開催されたトークイベントだ。主催したのは、『ART iT』の寄稿家でもある国際的キュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリストと、広州と北京を拠点にオルタナティブなアート活動を行うキュレーター/批評家の胡ファン(フー・ファン。「ファン」は「日」偏に「方」)。オブリストはロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで、建築家のレム・コールハースとともに「インタビューマラソン」なるイベントを続けている(『ART iT』13号参照)。当人に言わせると、今回の試みは「ミニマラソン」。ロンドンでは24時間行うそうで、レセプションと取材疲れの身としては「ミニ」で助かった。

 

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オブリストと胡
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右からふたり目がシグ氏

参加したのは、主に若手のアーティストで総勢25人ほど。オブリストの提案に応えて「北京2007のキーワード」を全員が挙げた。曰く「女性性」「個人的/集合的な経験」「美術界における欲望と権力」「ストップ・キュレーターズ!」……。「キーワードは退屈だし、表面的なレベルに留まって思考プロセスを掘り下げなくなるから挙げたくない」という発言もあったが、ほぼ全員が、「既成制度を超えなければならない」という点で一致していた。

 

驚くべきは、参加者の中に著名なコレクター、ウリ・シグ氏の姿があったことだ。ユランス夫妻に先立つこと十数年、まさに中国現代美術収集の嚆矢と呼ぶべき人物で、そのコレクションは質量ともにユーレンス財団をしのぐと言われる。氏が挙げたキーワードは(いささか長いが)「新植民地主義の始まり(オープニングス)のインパクトと、中国の美術制度の反応」というもので、UCCAのオープニング当夜の発言だっただけに、何とも意味深である。もと大使にふさわしく、気骨のある人物だという印象を受けた。

 

最後にオブリストが「いまの北京にはさまざまな機会がある。新しいブラック・マウンテン・カレッジが求められているのかもしれない」と述べた。会がお開きになった後で胡に聞くと、「この時代における『'85新潮』運動を目指したいんだ」と熱い答が返ってきた。前フランス首相らも出席した華やかなオープニングと、小さなマンションの一室で開催されたささやかなトークイベント。ふたつの落差、そして共存が、中国アートの現状を象徴しているのかもしれない。

 

※UCCAについてはwww.art-it.jpのレポートも併せてご覧下さい。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。