COLUMN

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Out of Tokyo

174:韓国のAPAP
小崎哲哉
Date: November 01, 2007
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ミュンスターのイリヤ・カバコフ作品(1997年)

アニャンはソウルの南25kmほど。ソウルっ子に言わせれば「なんの特徴もない」郊外都市のひとつである。この街で2005年から、「アニャン・パブリック・アート・プロジェクト(APAP)」が隔年開催されている。「ミュンスター彫刻プロジェクト」に範を取った、地域の活性化を目的とするアートイベントだ(本年は10/18-11/20)。

 

この種のイベントにおいて、ミュンスターの先駆性は疑うべくもない。1977年の第1回以来、10年に一度国内外から著名作家を集め、市内各所に彫刻を委嘱制作させている。「彫刻」の概念の拡張に伴い、作品は伝統的で恒久的なものから現代的で一回性の映像やインスタレーションまで多岐にわたる。各開催年につくられた作品の一部は会期が終わると撤去され、一部はそのまま残される。かくしてリチャード・セラ、ドナルド・ジャッド、クレス・オルデンバーグ、レベッカ・ホーン、イリヤ・カバコフら、現代を代表するアーティストの作品が街じゅうのそこかしこに並ぶことになる。

 

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APAP参加アーティストと関係者
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APAPキュレーターのフランク・ゴトロ、キム・スンドゥク、アーティスティックディレクターのキム・ソンウォン
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ダン・グラハム「Triangular Labyrinth Hedge 2-Way Mirror」
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シルヴィ・フルーリ「Vitteaux」

4回目の今回は、5mほどの高さに糸を張りめぐらせたマーク・ウォリンジャーの作品が話題となった。糸は樹木から建物へ、建物からまた樹木へという具合に張られ、市の中心地に埋められた金属板を中心に半径5kmほどの円形をなす。中世以来の欧州諸都市の城壁/外縁を連想させ、同時に現代における「彫刻」の可能性/外縁を考えさせるものだった。

 

それに比べると、アニャンに設置された作品はおとなしいものが多い。とはいえ、ダン・グラハムのガラスの「プチ迷路」には「さすが」と思わせる風格があり、イ・ブルやシルヴィ・フルーリの作品には彼女たちの世代らしい近未来感がみなぎっていた。異彩を放っていたのは、中央公園に設置された厳培明(ヤン・ペイ・ミン)のインスタレーションだ。貧困や暴力に苦しめられる子供たちと、国連事務総長らのポートレートが旗にプリントされ、数十枚が一斉に風にはためいて壮観だった。

 

だが問題は、イベントとしてのインフラストラクチャーが十全に整っていないことだ。ミュンスターの場合、例えば鉄道駅を下りると目の前にレンタル自転車センターがあり、旅行者の便宜を図っている。開催は原則的に夏の休暇シーズンで、4回とはいえ30年も続けているから市民への浸透度も高い。ネットを含むさまざまな媒体を通じての広報活動も、かなりうまく行っていると言ってよい。

 

それに引きかえアニャンは、なぜか開催は秋が深まりゆく季節である。寒波が襲うこともあり得る韓国北部において、この時期に展示を行うのは適切ではないと思う。実際、開催初日は寒風吹きすさぶ厳しい天候で、オープニングの式典参加者は誰もが震えていた。自転車があったとしても、気温が高い日でないと、誰も乗ろうとしないのではないか。鉄道網が整っているドイツに比べると、市外からのアクセス改善も大きな課題だろう。広報に関しても、ミュンスターの水準に達するには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

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厳培明「From Worldwide to International up to Global」
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キム・ソンジョン(背景はナウィン・ラワンチャイクンの「Navins of Bollywood」
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折しもソウルでは、韓国を代表するキュレーター、キム・ソンジョンの呼びかけによる「プラットフォーム・ソウル」が開催されていた(10/6-11/4)。都心のアートエリア、サムチョンドンに立ち並ぶ美術館やギャラリーから20弱ほどを選び、ゆるやかに連携して行うアートフェスティバルである。サムチョンドンは景福宮(キョンボックン)の東隣という好ロケーションで、一帯にはおしゃれなカフェやレストランもある。地域が狭い分、すべてのギャラリーを歩いて回ることができ、街角に置かれたサインや地図なども目に付きやすい。比べても詮ないことではあるけれど、多くの点でアニャンに勝っている。

 

もちろん、最終的にプロジェクト成否の鍵を握るのは、交通の利便性などのインフラではなく、そこにある作品の質である。その場所にしかなく、観るに値する作品であれば、人々は自ずと足を運ぶ。また、時間さえあれば問題の多くが解決されうる。市当局には、市民の関心アップを図ることと外部への告知の強化、そして何よりも作家と作品に敬意を表しつつ、APAPを継続することを望みたい。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。