

先週末に神楽坂のギャラリー4軒のオープニングを回ってきた。アートファンにはおなじみだが、印刷・製本工場街の古いビルの中に3軒、隣に1軒あって、一気に回れるのが非常に便利だ。児玉画廊の高谷史郎(8.11まで)、高橋コレクションの加藤泉(金・土のみ。8.4まで)など、いずれも質の高い展示だった。特に山本現代で開かれた小谷元彦展(7.25まで)は、ここ10年ほど写真や映像などの分野に乗り出していた本人が、「回り回って原点の彫刻に戻ってきました」と言うだけあって気合いが入っている。素材は「企業秘密」だという新作が十数点。未知の動物の骨格標本のような、あるいは古代の花の化石のような真っ白な彫刻群は、彫刻史を振り返った上で「この時代の彫刻家ができることとは何か」を考え抜いて、最新テクノロジーを駆使しているという。

すばらしい作品ぞろいだったが、いずれもサイズは小さかった。同じシリーズで50作つくる予定というから、大作もいずれ登場するのだろう。だが、少なくとも現在の山本現代ではあり得ない。空間の広さが十分ではないからだ。ギャラリーを想定して建てられた建物ではないから、エレベーターや階段も大きくはない。搬入すら不可能ではないだろうか。
空間の狭さは、東京のギャラリーの多くに共通する悩みである。小山登美夫ギャラリー、タカ・イシイギャラリー、シュウゴアーツなどは、2003年に新川の倉庫に移り、その後05年に清澄の倉庫に移転した。それぞれ背景には諸事情があったが、移転に当たっては、いずれも十分な広さの確保が第一条件だったと聞く。なるべく安く、広く、そして天井が高く、というのはギャラリーに関しては世界共通の希望条件だろう。倉庫や工場のような物件の利用が、勢い世界的な傾向となる。ニューヨークのチェルシーだって、北京の大山子(798芸術工廠)だってそうだ。個々のギャラリーの広さは、比べるのが恥ずかしくなるくらい東京と異なるが、それは前者との比較においては市場規模の、後者との比較においては賃料の差に由来する。もっとも北京の地価も、年々飛躍的に上がってきている。



そしていま、少なからぬ数の(東京の)現代美術ギャラリーが、より広い物件への移転を検討中だ。お金がなければ移転なんかできないのだから、最大の理由が上向きの市場にあることは言うまでもない。だが、作品の大型化やインスタレーションの増加も一因である。一部にはパフォーミングアーツやパフォーマンスアートへの志向もあり、その志向がないギャラリーでも、たまにワークショップや講演会などを開きたいと考えているところがある。あるギャラリストは「最低50坪、できれば事務所スペースを入れて100坪はほしい」と語っている。もちろん、最低坪数はギャラリーの規模や性質や懐具合によって異なり、仮に坪単価10,000円だとして50坪なら月50万円、100坪なら100万円という家賃を、安いと捉えるか、とても払えないと諦めるかは、商いの規模によって決まる。
いくつかのギャラリーにとっては別の事情もある。ヴァイスフェルト、オオタファインアーツ、タロウナス、マジカル アートルーム、アートバーのトラウマリスなどが入る六本木芋洗坂のコンプレックス・ビルは、オーナーの森ビルの意向で、早ければ来年春より前に立ち退きを余儀なくされる。森ビルが買い取り、管理していた物件を、森美術館の開館に伴ってギャラリーなどに賃貸していたもので、当初から年限があり、少しずつ引き延ばされていた。それがついに、新たな開発計画が本決まりになり、すべての店子が出なければならなくなるのだという。各ギャラリーは、広い東京のどこに移ってゆくのだろうか。
今年3月に、nca(nichido contemporary art)が銀座から八丁堀に移転した。ギャラリーSIDE2は赤坂から離れ、9月に東麻布で新オープンする予定だ。また、もとSpace Kobo & Tomoの荒谷智子と、もとSCAI THE BATHHOUSEの浦野むつみは、来週7/14に新ギャラリーARATANIURANOを新富町にオープンする。勢力争いという意味ではなく、文字通り物理的な東京のギャラリー地図が、変わってゆく兆しかもしれない。(2007.7.5)
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。