





連休前にうれしい来客があった。徳島県出身の土居一洋さん(28歳)。すでにいろいろなメディアに登場しているのでご存じの方もいるだろうが、僕がつくった『百年の愚行』という本を3年前に読んで、それまで勤めていた職場を辞め、全国の図書館巡りを始めた人だ。土居さんは自分のウェブサイトに、以下のように記している。「あなたは世の中のある一つの事実を知って衝撃を受けた事がありますか? 僕は『百年の愚行』という一冊の本と出会い、 様々な事実を知り、食事もとれなくほどの衝撃を受けました。なにかはじめないとと感じ、とにかくこの本を多くの人に見てほしいと思いました。そして、日本中の図書館をまわり、この本をおいてほしい! という気持ちを伝えるため、自転車で旅をしています」
『百年の愚行』については、つくったときにこのコラムに書いたことがある(「Out of Tokyo 035」)。あらためて簡単に内容を記すと、人類が20世紀に地球環境、そして自分たち自身に及ぼしてきた数々の「愚行」を示す100枚の写真を集めた写真集だ。僕自身が書いたエッセイのほか、鄭義(小説家)、フリーマン・ダイソン(宇宙物理学者)、池澤夏樹(小説家)、アッバス・キアロスタミ(映画監督)、クロード・レヴィ=ストロース(文化人類学者)の5氏による含蓄に富んだ文章を収録している。刊行してちょうど5年が経過したけれど、おかげさまでロングセラーとして版元や書店に大切に扱っていただいている。
それはそれとして、土居さんのような方は、編著者として実に(というより信じられないくらい)ありがたい存在だ。これだけ熱心に「伝道役」を務めて下さるなんて、いくら頭を下げても下げ足りない。何しろ移動は自転車である。目標は全国3000図書館の制覇。常に持ち歩いているというリストを見せてもらったが、これまでに訪れた館に関しては、それぞれの対応が細かく書き込まれていた。東日本を中心に、すでに1200近くを訪問したという。
土居さんは『百年の愚行』以外に、「環境問題に特に興味のない方でも、読みやすく書かれた本を選んで」(上記サイト)『じてんしゃ図書館』に「蔵書」している。じてんしゃ図書館? そう、自らが乗る自転車に、土居さんは図書館機能を持たせたのだ。水車のような「書棚」を備えた移動図書館。訪ねて回る各地の町や村で、無料で本を貸し出すのである。しかも返却は不要。本を読み終えたら、最終ページに土居さん自身が描いた木の絵に1枚の葉っぱを加え、誰か別の人に手渡すのがきまりだ。次から次へと回覧されるごとに、葉っぱが1枚ずつ繁ってゆく。


写真を見ればわかるだろうが、この手製の「図書館」にはかなりの視覚的インパクトがある。「何だろう?」という興味を掻き立てるための工夫として秀逸だと思う。実際、写真を撮っている間にも、近くのカフェのスタッフや、会社員とおぼしい人がやってきて、1冊ずつ本を借りていった。いまごろは、葉っぱが2枚くらい増えているのではないだろうか。
「蔵書」は自費で購入している。生活費を最小限に抑え、必要であれば訪れた先々でバイトをしてお金を稼ぐという。寝るのはたいてい、公園や川の土手など。そのために、小さなテントも携えている。カンパを申し出た僕に、土居さんは丁重に、しかしきっぱりと「それは結構です」と言って断った。次に会ったときには、メシでもおごろうと思っている。
今回、紹介の労を執ってくれたのはエッセイストの石田ゆうすけさん。石田さんのブログには、土居さんについて書いた文章が何本か載っている。興味を持たれた方は、こちらも読んでみて下さい。(2007.5.10)
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。