COLUMN

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Out of Tokyo

155:cinra
小崎哲哉
Date: January 25, 2007

1999年に『REALTOKYO』(以下、RT)を創刊して以来、常に感じていたのは競合者あるいは併走者の不在だった。RTをつくった動機についてはこの連載の第1回を読んでもらいたいが、要は「これだけ国と国とのあいだの敷居が低くなり、国境を越えたつきあいがたやすくなった時代に、距離を超えて同じ話題を共有すること。それも、株価や不動産の話じゃなくて、映画や音楽やアートやパフォーミング・アーツの話題を中心に情報を交換し合うこと。文化的な『鎖国』とはほど遠いセンスを持つ個人が集まって、世界のおいしいものについて語り合える場をつくること」に尽きる。そういう場はたくさんあればあるほど良いに決まっているけれど、なかなか追随者は現れない。うれしかったのはバイリンガルウェブマガジン『Tokyo Art Beat』の創刊(2004年10月)だが、このサイトは名前でわかるとおり、アート情報に特化している。

 

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CINRA MAGAZINE

無料のカルチャーCDマガジン『CINRA MAGAZINE』が活動を始めたときも、ちょっとうれしくなった。僕が彼らの存在を知ったのは『ART iT』創刊後の04年に取材を受けた際のことで、CD-ROMマガジンという、ある意味でやや時代遅れのメディアにとまどったものの、若いつくり手の熱意には頼もしさを感じた。その後、3ヶ月おきに新しいCDが送られてきたが、率直に言ってCDを立ち上げるのが面倒で、中身は読まずにいた。実はウェブと連動していて、ネット上にまったく同じコンテンツが載っていると知ったのは、しばらく経ってからのことだ。ライブなどイベントを開いたり、集まって話をするサロンを開いたりと、オフラインの活動も並行して行っている。今月刊行された最新号は第12号。これを機に、3年前に取材してくれた発行人の杉浦太一さんに話を聞いた。

 

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杉浦太一さん

「筑波大で比較文化を専攻していたとき、大学が思ったよりもつまらなくて、週末に東京に行くのを楽しみにしていたんです。生まれたのは東京だったから、情報の少なさに寂しさを感じていました。一方で、周りにはアートや音楽をやるトンガった連中がたくさんいて、彼らを見ていると、僕は違う、クリエイターではないな、と思ってプロデューサー的な仕事をしようと決めたんです。クリエイターたちのコミュニティスペースをつくろうと。まだ『mixi』もなくて、あったのは『関心空間』くらいでした」

 

「最初につくったのは2003年2月に開いた『cinra.net』。でもパートナーが、『ネットはURLを知らないとたどり着けないから、不特定多数にcinraを広めるためにはモノとしてのメディアがいい』と言い出して、CDにしたんです。創刊号は500部で、CD-Rを1枚1枚、自分たちで焼きました(笑)。いまは毎号10,000部で、ABC、HMV、ライブハウス、美術館やギャラリーなどに置いてもらっていますが、タワレコあたりでは200〜300枚が1日2日でハケます。CDは、まだcinraを知らない人に『じゃあ、ウェブに行こうか』と思ってもらうための、入口としてのプロモーションツールと位置づけています」

 

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cinra.net

「コアメンバーは現在3人で、周囲にボランティア的なエディターやライターが30人くらいいます。半分は学生で、半分は出版社勤務。自分たちの考え方を、自分本位で発信していくというのが基本です。株式会社cinraを06年に設立したんですが、企業サイトのデザインなどの制作業務によって収益を上げ、維持している構造ですね。cinraでつながったクリエイターと仕事をするケースもあり、音楽担当のパートナーはヤマハや東芝EMIなどとつながって、イベントをやったり、ネットレーベルをつくろうとしたりしています。サイトを支えるための仕事ばかりしているんじゃ楽しくないから、将来的には雑誌CDを拡大したい。紙の比重を増やして、1年以内に、読み物をちゃんと読ませる媒体に育てたいと考えています。若手のアーティストが出やすい場をつくりたいですね」

 

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「STAGE」「ART」「MUSIC」「MOVIE」「BOOK」と分かれた最新号のコンテンツは、「21世紀小劇場クロニクル」「田名網敬一インタビュー」「曽我部恵一インタビュー」「特集:ヴィジュアルドキュメンタリー」など。

 

複数の映像や音源も収録し、盛りだくさんの内容だ。出色なのは「BOOK」の「特集:刑務所の図書室」で、「首席矯正処遇官に聞く、受刑者の皆さんは何読んでいますか?」「刑務所の図書室を撮ってきた」などの記事は、着想がよく、なかなか読ませる。一部の文章に詰めの甘さが感じられるとはいえ、興味の対象、すなわち守備範囲の広さは、小さな領域に閉じようとする時代にあって、志が高いと言えるだろう。目指すところもメディアの形態も異なるが、「ジャーナル・タブロイド誌」を標榜する『ジェネレーション タイムズ』に通ずるところがあると僕は感じる。

 

惜しむらくは、コンテンツが日本語のみという点だ。杉浦さんは「海外の人が日本に来たとき、ここに来れば最新のカルチャー情報が手に入る、というメディアにしたい」と言うが、だとすれば(マルチリンガル化は無理にせよ)バイリンガル化は最低条件だろう。もちろん、それにはコストがかかるから、読者増と、それに伴う広告収入などの増加を祈っている。RTも、他人様の心配をしている場合じゃありませんが (笑) 。(2007.1.24)

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。