


東京都が運営する「トーキョーワンダーサイト」(TWS)周辺がかまびすしい。TWSは公立だがオルタナティブスペース的な施設で、美術館でもなければ商業ギャラリーでもない。ウェブサイトには以下の「ミッション」が明記されている。「1)若手アーティストの発掘・育成・そして東京からの発信をサポートします。2)アジア、そして世界のアートネットワークのハブとしての東京のプラットフォームをつくります。3)街の活力である、東京における芸術・文化の多様性をサポートします。4)東京都の文化政策とリンクしながら戦略構想の提案、施策の試行、リサーチ、実験場として活動します。5)文化に携わる人材の育成を行います。」
新聞、テレビ、雑誌など各種マスメディアで報道されたからご存じの方は多いだろうが、石原慎太郎都知事をめぐるスキャンダルのひとつとしてTWS問題が云々されている。都議会野党の共産党とマスコミが追及、あるいは問題視しているのは、主に都知事四男の延啓氏が運営に関与していたという点だ。TWS本郷のステンドグラス原画をデザインし、「キュレーティングアーティスト」(CA)として事業に関わり、外部委員名目でドイツ、フランス、韓国に渡航して謝礼約28万円を受け取り(後日全額返却)、2004年のダボス会議には都が開いたパーティの舞台背景を描くために公費で渡航した等々。都知事とTWSの今村有策館長、そして延啓氏の密着ぶりも「都政の私物化」と一部で批判されている。都知事は「(延啓氏の才能は)余人をもって代えがたかった」と釈明してさらに批判を受け、その後「ただ働きしてくれる『余人』がいなかったという意味」と補足説明した。


僕は今村館長に紹介され、延啓氏には展覧会のオープニングなどで何度か会ったことがある。穏やかで実直そうな人柄で、神話的モチーフを用いることの多い色彩豊かな絵も悪くない。芸術を取り巻く環境についての見識もあり、考え方は(「ポピュリストでタカ派」と言われる父親とは違って)リベラルであるような印象を受けた。それを証し立てるようなエピソードが、ほかならぬ都知事が書いた「若者がこの国を愛するために」というエッセイに出てくる(『文藝春秋』2006年7月号)。網野善彦の学説を「画家である四男」に教えられたというのだ。網野といえば、定住民、農工業、支配階級、成人男子を中心に書かれた「正史」に異を唱え、漂泊民、「山野河海に関わる生業」、被差別民や女性、老人、子供を中心とした日本史を打ち立てようと試みた異端の歴史家である。そんなバリバリ反体制の研究者を、「一般に言われているような反天皇学者ではない」と正反対に誤読するあたりがご愛敬だが、石原慎太郎に網野善彦を読ませるという荒技は、余人をもってはなしえなかっただろう。
だからと言って、この人事が肯定されるわけはもちろんない。多くの識者が指摘するように、公的機関における身内の登用は倫理的にあってはならないことであり、公人たる知事は一般的な良識に照らし合わせて行動すべきである。だが、それ以上の問題があると僕は思う。これまでのTWSの活動を見る限り、冒頭に掲げた「ミッション」が十全に果たされているとは言いがたく、それはこうした人事にも因ると思われるからだ。CAとはすなわちアドバイザー的な役割であり、建築が専門で必ずしも現代美術に明るくない今村館長には必要な存在ではある。しかし、延啓氏を含む複数のアドバイザーの助言は、有機的に機能していないように見える。他の美術館や商業ギャラリーとの差別化がなされていない展覧会がいくつもある。動員をはかる工夫も成功しているとは思えない。現代音楽のコンサートも行われているが、美術との交流はあまり図られていないようだ。非常にもったいない。



上述の「ミッション」に、それも真っ先に謳われている「ミッション」に立ち返るのがいいのではないか。この国の文化状況はあまりにもお粗末で、その意味ではTWS自体はなくてはならないし、昨秋開館した「TWS青山:クリエーター・イン・レジデンス」などは、海外からの表現者を滞在させる場所として「素晴らしい」の一語に尽きる。だが、それはそれとして「若手アーティストの発掘、育成、そして東京からの発信をサポート」することを最優先するほうがいい。TWSの予算が肥大化する一方、年々予算が削られてゆく現代美術館や写真美術館など、他の都営施設との適切な棲み分けも行われるべきだ……などと考えていたら、当のTWSから「アーティストとともに展覧会を創ってゆく企画者に対する支援育成を目的として、若手による展覧会企画を募集する」という知らせが来て、選考委員を務めてくれないかと言うので「喜んで」と即答した。ミッション1〜5のすべてを満たし、特に1と5に重きが置かれている。TWSに最もふさわしい企画ではないだろうか。
選考は、東京都現代美術館学芸員の住友文彦、美術家の太郎千恵藏、そしてTWSプログラム・ディレクターの家村佳代子の3氏とともに行う。ジャーナリスト、キュレーター、アーティスト、TWS運営者というバランスの取れた布陣だと思う。締め切りまで後わずかだが(1/17)、なるべく多くの応募を期待したい。採用企画への制作費支援額がややお粗末なので、選考委員謝礼は全額寄贈するつもりだということを付け加えておく。(2007/1/11)
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。