


全館オープンした「パラボリカ・ビス」に行ってみた。「東京編集長日記」の寄稿家、今野裕一が率いる『夜想』の新拠点である。オープニングは『夜想耽美展』で、松井冬子や丸尾末広らのペインティング、ドローイングに加え、恋月姫の新作人形、矢頭保による三島由紀夫の割腹写真などが展示されている。1階の多目的ホールでは山口小夜子による新作パフォーマンス『あ・お・い』が上演された。僕のお目当ては、実はこの公演のほうだった(12/16 17:00)。
ホールは全50席で、当然ながら満員だった。白を基調とした舞台はシンプルな構成で、上手手前に恋月姫の人形が置かれている。照明の加減か、銀髪に見える人形は面を隠し、妙な表現だが死に瀕しているように見える。『あ・お・い』は三島由紀夫の「葵上」(『近代能楽集』所収)をもとにしているというから、生き霊に取り憑かれた新妻、葵の見立てだろうか。風や悲鳴のようにも聞こえるAYUOの音楽が、高すぎも低すぎもしない音量で不気味に鳴り続けている。
照明がわずかに落ちて、とともに二弦楽器イギルの音が背景音を凌駕する。イギルを奏でる山川冬樹は半裸で、例によって素肌に装着したマイクに拾わせた心拍音を増幅させ、 同時にホーメイを場内に響かせる。上手に斜めに配置されたスクリーンに、精密でまさに耽美的な山本タカトのイラストレーションが投影される。植物的な文様と官能的な身体、そして禍々しい満月。突然、山口小夜子の声が音楽に重ねられる。「などてすめろぎはひととなりたまひし……」と語っているように聞こえるから、「葵上」の台詞に、「英霊の聲」など他のテキストも加えられているに違いない。

満を持して、といった趣で山口小夜子その人が登場する。赤と黒の豪奢な衣裳は、もちろん自らデザインしたものだろう。白塗りの顔に黒髪が映え、涼やかさと毒々しさをふたつながらに備えた六条康子の生き霊そのもののように見える。だがほかに演者はいず、朗読する台詞には若林光、すなわち生き霊に魅入られた主人公のものもあるから、役柄の重層に幻想の気配はいやますこととなる。映像は変幻し、時折、水平に炸裂する稲妻のように白い光が照射される。正確に計算された5センチほどの光の帯が、女優のつり上がった細い目に投じられ、舞台には緊張が走る。光に強調された視線は、秘密のヴェイルの隙間から外敵に注がれたムスリムの女性のそれのように、観る者を鋭く突き刺す。

主に這うように横に動く舞と、澄み切った声の、しかし呪詛に満ちたように聞こえる朗読とで物語は進行する。クライマックスは生き霊が、銀髪の人形を抱きかかえて衣裳を剥ぎ取るシーンだ。上半身を露わにされた人形は、無機物であるにもかかわらず(いや、だからこそ?)強烈なエロティシズムを舞台の奥から発散する。その瞬間、人形を抱く山口小夜子はスペクタクル空間全体の女王である。照明が、音楽が、映像が、美術が、衣裳が、そして舞台を注視する観客すべてが、生き霊=独裁者たる女優を無条件に祝福する……。
劇評めいたことを長々と記したが、レビューを書くのがこの欄の本意ではない。言いたかったのは、『あ・お・い』が演劇や音楽や映像や美術という分類を超えて、優れて五感すべてに訴えかける表現行為であったということだ。そして、その表現行為を実現させたのがパラボリカ・ビスという空間であったということだ。もちろんそれは、世界的なモデルとして一世を風靡し、その後、三宅一生、セルジュ・ルタンス、寺山修司、勅使川原三郎、天児牛大といった才能との協働を経て、多面的な活動を実践し続けてきた山口小夜子に負うところが大きい。だが、ジャンル横断的な表現行為がほとんどない不幸な時代に、こういったクロスオーバーな公演を実現させたという手柄は、今野裕一にも認められるのではないか。ちなみに『あ・お・い』には、他に掛川康典、生西康典(映像作家)、高野諭(プログラマー)ら、ジャンルを異にする表現者が参加している。

今野は、文学、音楽、映画、美術、歌舞伎を含む演劇、ダンスなど表現行為全般に詳しく、『夜想』の編集や舞台制作、展覧会企画などによって人脈も幅広い。趣味はいささかならず(特に「耽美」に)偏っているように感じられるが、つるりとのっぺらぼうな時代にあって、それは現状に異を唱える強い個性と呼ぶべきだろう。何よりも、『あ・お・い』に典型的な異ジャンル表現者の協働を、ごく自然に受け止めて具体化する力は、山口小夜子と同様に、寺山修司やヨゼフ・ボイスをはじめとする異能に、若い内から薫陶を受けていたからに違いない。独特の風貌にも、「傾き者」たらんとする意志が感じられる。
この欄に繰り返し書いていることだが、異ジャンル表現者の協働は、まだ圧倒的に少ない。異ジャンル表現を観る/体験する者の数も同じく圧倒的に限られている。85坪のスペースを新たに借り、改装し、運営を始めた今野は「全部借金だよ。回収する当ても当面はないなあ」とこともなげに笑っているが、こういう蛮勇をもってしか文化の異種交配が行われ得ないというのは相当に危機的状況だと思う。つくることと観る/体験することの基盤が、ほかならぬつくる&観る/体験する者の怠惰あるいは無関心によって脅かされている。パラボリカ・ビスのような場所が、もっと増えてゆくことを願ってやまない。(2006/12/21)
※『夜想耽美展』は1/9まで(12/30〜1/4は休館)。『あ・お・い』年内最後の上演は12/26(火)20:00から。問合せはステュディオ・パラボリカ(/TEL : 03-3847-5757)まで。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。