
遅ればせながら、10月に放送された『HAPPY DANCE〜今、日本のダンスがカワイイ!』Vol.1とVol.2を観た。というのも、僕はWOWOWに加入していないからで、同局に勤める知人がビデオを貸してくれて、ようやく観られたのだ。どうせテレビだからなあ、などと思っていたのだが、これがなかなか、お得感あふれるものだった。Vol.1は康本雅子、Vol.2は珍しいキノコ舞踊団を取り上げている。キノコもいつもながらのさわやかさで非常によかったのだが、ここでは康本をフィーチュアしたVol.1に絞ってみたい。ライブではあり得ない、ある発見があったからだ。
WOWOWの担当者は「芸術志向の番組ではない。おしゃれでカワイイものとしてダンスを取り上げたかった」という。ファンの裾野を広げるという意味では戦略は間違ってはいないだろうし、実際、番組の構成は非常によくできている。康本が振付を担当したASA - CHANG & 巡礼やMr. ChildrenのPV、サザンオールスターズのライブステージなどの映像あり、やはりPVやステージ作品に振付した一青窈や松尾スズキのコメントあり。ダンスに不案内な視聴者を安心させるつくりだが、何よりも目玉は、この番組のために、踊り下ろし、撮り下ろしたソロ作品『茶番ですよ:前田邸70周年記念バージョン』だった。そしてそれは、「おしゃれでカワイイもの」であると同時に、高い「芸術」性も備えていた。

『茶番ですよ』は『吾妻橋ダンスクロッシング』でも発表しているソロ作品だが、印象はかなり異なる。新たに演じ、撮影した場所が、駒場の旧前田侯爵邸であるからだ。前田邸は昭和初期に建てられた大きな洋館で、赤い絨毯の上を進む素足から映像は始まる。音はなく、次の画面で、絣の着物に身を包んだ康本が運ぶ、茶碗を載せたお盆がアップになる。そのお盆を床に置いた瞬間に音楽が鳴り、唐突にダンスが始まる。曲は椎名林檎の「ポルターガイスト」。わずか4分ほどの内に密度の濃いシーンが展開する。
茶を運ぶ康本は、主(あるじ)に仕える女中という設定だろうか。お盆を置いてからは、広い屋敷の中を伸びやかに、誰にも見とがめられず傍若無人に踊り回る。廊下に寝転がり、床を踏みならし、階段を駆け上って2階へ行く。数々の扉を小走りでくぐり抜け、並び連なる広間から広間へ。手足をぴんと伸ばして踊り続け、駆け寄って開いた窓の下にはもうひとりの彼女がいる。光に満ちた庭の中で、もうひとりの彼女は胸元から何か(ブラ?)を抜き取る。女中(?)は窓を閉じ、誰もいないのを見定めてから裾をからげて太ももをさらし、足指を茶碗の湯に浸す。それからはいっそう力強く踊りはじめ、階段の上に戻る。帯の端をカメラマンに握らせて、くるくると回りながら階下へ降り、帯がほとんどほどけようとするそのとき、窓の外へ飛び出してゆく……。

状況設定が似ているせいか、僕はルナ・イスラムのビデオ『Room Service』(2001)を想い起こした。豪華なホテルのスイートルームで、ふたりのメイドが誰もいないのを幸い、ベッドでまどろんだり、贅沢な朝食を摂ったりというファンタジーめいた作品だ。『前田邸バージョン』とは、上流階級的な雰囲気、室内であること、登場人物が少ないこと、主や顧客の目を盗んでという背徳感が共通している。計算されたエロティシズムがあることは付け加えるまでもない。だが唯一、そして決定的に異なるのが解放感・開放感の方向性だ。『Room Service』のふたりのメイドは、終始室内に閉じこもり、自らの想像力の中にのみ解放感・開放感を求めている。それに対して康本の女中は、窓から外を見て、最後には外へ出てゆくことで、実際に解放・開放される。光を求める木の枝のように伸びようとする彼女の四肢は、帯がほどかれた瞬間に最も心地よく伸ばされる。外へ、外へ、外へ!
それを視覚的に表現し、強調しているのが前田邸の多数の窓だろう。窓とはもちろん、外気や外光を取り入れる入口/出口であり、実際『前田邸バージョン』は、ほとんどのシーンに光あふれる窓が映されている。というよりも、多数の窓がある屋敷で撮影が行われたからこそ、康本はあのような振付・展開を考案したのではないか。あるいは、あのような振付・展開を行うべく、自ら前田邸を選んだのかもしれない。いずれにせよ、その場所でしかありえない振付・展開という意味で、この作品はまさしくサイトスペシフィックなダンスたり得ている。手指・足指を伸ばして踊ることが特徴のひとつと数え上げられる康本にとって、主題と相俟って、ここは理想的な空間だったのではないだろうか。

映像の中にダンサーたる康本以外の人物が登場しないことにも注目したい。「そんなことは当たり前だ」と言われるかもしれないが、彼女しか現れないからこそ主従関係、背徳と官能、解放・開放といったテーマが際立つのだ。この作品は観客が多数いる劇場やホールでは成り立たないと思う。成り立つとすれば、ステージと客席の間に仕切りをつくり、穴でも開けて覗き見させるようにするしかないだろう。だが、覗き見という行為は、セックス産業における覗き部屋を除けば、映像メディアに最もふさわしい。そして康本は、通常は一方向的でしかない覗く/覗かれる関係に、ただ1度だけ例外的瞬間を設けている。言うまでもなく、カメラマンに帯の端を手渡す瞬間だ。カメラは我々観客の目の代表・代理であり。あのときにのみ我々は、康本と隠微で密やかな共犯者的交感・交歓を行う。
康本が窓の外に飛び出した瞬間に、ダンスは終了し、同時に音楽も中断される。ダンスが始まったときと逆の、つまりは対称的な構造だ。観る者は女中=ダンサーに「行かないで(踊りをやめないで)」と叫びたくなるとともに、彼女が解放・開放されたことに一抹の寂しさを伴うカタルシスを味わうだろう。番組最後のインタビューで、康本はこう語っている。「振付を超えたところに行きたい。もっと知らないところに行きたい。そういう感じはあります」。康本のよく伸びた指の先には、「外」がある。「知らないところに行きたい」振付家・ダンサーの思いを表現して余りある、優れたダンスにして映像だった。(2006.12.7)
※『HAPPY DANCE〜今、日本のダンスがカワイイ!』Vol.1は12/9(土) 13:30と2/1(木) 25:50に、Vol.2は12/8(金) 29:10と2/1(木) 28:09に、それぞれ再放送されます。
http://www.wowow.co.jp/
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。