COLUMN

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Out of Tokyo

142:短編映画市場は成立するか
小崎哲哉
Date: July 06, 2006
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シネマアンジェリカの入口

「短編映画」というと自主制作のイメージがつきまとう。撮影やポスプロ関連のハードとソフトが安くなり、さらにインターネットの普及も相俟って、ウェブ配信の「ショートムービー」はなるほど急増している。しかし、ビジネスには簡単に結びつかない、というのが大方の見方ではないか。ところがその現状に、敢然と挑戦する動きが始まった。渋谷の映画館シネマアンジェリカと、Moving Pictures Japan(MPJ)という製作グループによる『ANGELICA + MPJ Short Film Market 2006』という共同プロジェクトである。

 

「映画館・製作会社の枠組みを超えたオープンシステム」「次なる作品に挑む監督たちと新たな可能性を求める映画関係者=支援者たちとの出会いの「場」をつくり、両者から生まれる「コラボ」を積極的にサポート」「未だかつてない新たな試みの映像プロジェクト」などなど、プレスリリースには威勢の良い文言が並ぶ。実際、MPJが製作した短編を上映する「フィルムマーケット」を、7/1〜28までシネマアンジェリカで開催中。『萌の朱雀』(1997)でカンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞した河瀬直美や、「サイバーポルノ」とも呼ぶべき『I.K.U.』(2000)が話題となったシューリー・チェンらが監督し、杉本哲太や吹越満ら人気俳優も出演する16本の新作を上映している。

 

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河瀬直美『SHADOW〜影』
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シューリー・チェン『LOVEME 2030』

企画者のひとりで、フィルムマーケットのディレクターを務める小村幸司に話を聞いた。25歳まで銀行に勤めていたが、その後、映像の世界に身を投じた小村は、90年代前半には『ぴあフィルムフェスティバル』で2度にわたってグランプリにノミネートされた。現在はフリーのTVディレクターとして口を糊する傍ら、若手作家の短編映画を積極的にプロデュースし、このプロジェクトで中心的な役割を果たしている。短編映画には大きな可能性を感じると小村は言う。

 

「1時間半や2時間ではなく、30分や40分でも十分おもしろいものができるんです。小説でも長編に対して短編があるわけで、時代的な要請もあるような気がします。40分の映画を1本1000円で見せる。ビジネス的にも成立するんじゃないかと思って」

 

ビジネス面でのもうひとつの目標は、監督や脚本家らの著作権保護と収入保証だ。小村によれば、TV業界にはロイヤリティという概念がなく、映画の世界でも監督と脚本はそれぞれ1.75%しかもらえない。それを、なんと10倍の17.5%に引き上げたいと言う。

 

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梶田征則『地球の魅力』
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リム・デズリ『恋人はバンパイア』

「日本のTV業界は、ディレクターたちに著作権がないのが当たり前と思っているんです。番組が海外に売れたとしても、まったく支払われないことがほとんど。さすがに最近、独禁法に引っかかるということで勧告が出たりしましたが、まだまだ意識が低い。僕らは、スポンサー(出資者)=50%、プロデュース(製作)=15%、クリエイター(監督・脚本ほか)=35%という割合を成立させたい。それが広まればいいと思っているんです」

 

既にシステムが出来上がっている既成の映画・映像業界で、それは無理というものだろう。だが小村たちは、とんでもないやり方で業界を、正確に言えば業界や、これから業界に入ろうとする者の意識を変えようとしている。

 

「準備に2年半をかけ、これまで16本つくったんですが、制作費はすべて150万円。宣伝費が1本あたり50万円。つまり、総額200万円で1本つくれる、ということを知らしめたいんです。もちろん現場ではやりくりがたいへんですが、パナソニックから機材の無料提供をしてもらったりしているので意外に何とかなります」

 

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冨永舞『水筒少年』
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廣田正興『代々木ブルース最終回・地図とミサイル』

「当面の目標は50本製作することです。極端なことを言えば、1本大成功作が出るだけでいい。総予算が少ないから十分ペイもできるし、短編に対する意識が変わると思います。50本あれば、地方の映画館やTV局が自ら『編成』することも可能でしょ? 50本全部を出さなくても、何本かを組み合わせてナントカ特集ができるわけです」

 

一方で、ディレクターを囲い込むつもりはまったくないと言う。

 

「海外に売れたり、DVDになったりという二次的なもので回収する、というビジネスモデルです。新人が短編で評価され、Vシネマなど他の製作会社から、長編を依頼されるというケースも既に数人出ている。彼らが成功すれば、翻って初期の短編も売れる、という循環が狙えます。何よりも面白いことをやりたいし」

 

プレスリリースには「目先の利益を考えず、10年後、20年後を見つめた辛抱強いプロジェクト」という一文があり、小村自らも「まだ一銭も収入はありませんが」と笑いながら「TVの仕事もしながらのライフワークだと思っています」と力を込めて語る。意識としては、インディーズの音楽レーベルを50個つくる、というのに近いそうだ。俳優を公募したり、海外、特に中国や韓国に声をかけたりして、国際的な動きにもつなげてゆきたいと言う(すでに海外との協働は始まっている)。

 

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小村幸司氏

このプロジェクトが、小村たちの思惑通り進むかどうかは僕にはわからない。ただ、200万円で商業映画がつくれるというのはすごいことだと思う。もちろん、少額予算ゆえの低水準化は警戒しなければならないが、小村たちのような経験豊かなプロデューサーがいれば心配しなくてもよいのではないか。予算の少なさは、必然的に「知恵」も要求し、結果的に大作ではあり得ないような傑作が生まれる可能性も否定できない。また、投資という面から見れば、ごく普通の人々にとっても、金額は敷居が低く現実的だ。久々に夢のある話を聞いたように思った。(2006.7.6)

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。