
あるデザイン関連シンポジウムの司会を、友人のアートディレクターと一緒に務めてくれないかという打診があった。聞けば、某大都市の港湾地域再開発を某都市開発業者が請け負うこととなり、その際に「デザインによる街おこし」という案が浮上したのだという。担当者たちの志は高く、地域をアジアのハブにしたい、という思いもある。その壮大な計画の、いわばキックオフ的イベントということだった。
企画メモと、シンポジウムの参加候補者リストを見せてもらった。志の高さはそのリストにも表れていて、いわゆる「先生方」の名はひとつもない。斬新な企画で知られるインディペンデント広告ディレクター、実験的な出版物を手がける印刷会社の社長、映像やグラフィック畑の前衛的なクリエイター……。いずれも日本デザイン界の現在に新しい要素を持ち込み、未来を積極的に開拓していこうとする人材ばかり。非常に好感が持てた。
だが、何かが足りない。リストをじっと見つめること数十秒。気が付いたのは、「アジアのハブにしたい」と言いながら、海外からのパネリスト候補の名がないことだった。「デザインによる街おこし」や「デザイン立国」は世界的な潮流で、ヨーロッパ勢を筆頭に、各国で同様のプロジェクトが進んでいる。もちろんアジア諸国でも同様で、旧宗主国による『DesignUK』の成功がよい刺激になったのか、香港やシンガポールなどでも似たような試みがある。そう思い至って、断片的な記憶や知識をかき集めてみた。

いちばん派手な計画が進行しているのは香港だろう。英国人建築家、ノーマン・フォスターのプランが採用されたことで話題となった『西九龍博物館群計劃』は、2010年までに同地区のウォーターフロントを開発するというもの。「アート、カルチャー、エンタテインメント」を集成するそうだが、香港における「アート」はしばしば「デザイン」と同義である。昨年1月に聴講した『What’s Good Conference』のことはすでに書いた(Out of Tokyo 105)。香港人のデザインへの関心は非常に高く、この会議にはグルーヴィジョンズや佐藤可士和、ドルーグ・デザイン、ピーター・サヴィルらが参加していた。
中国本土では大都市、とりわけ上海が、貪欲なまでに海外からデザインを取り込もうとしている。『ART iT』10号(中国アート特集号)で上海取材のコーディネーターを務めていただいた原田幸子さんによれば、大陸は視覚的なプレゼンテーションに無頓着で、才能あるデザイナーやプロデューサーも数少ない。その穴を埋めるべく、香港、台湾、日本、欧米にディレクションを委ねるケースが多いという。実際、同じ号で原田さんに取材してもらった香港出身の都市開発プロデューサーは、都心の新名所「新天地」の開発を行った人物だが、主に国外のクリエイターによるコミュニティを組織して、上海をデザイン的に成熟させようと目論んでいた。ちなみに今年の上海ビエンナーレのテーマは「ハイパーデザイン」である。
ソウルにほど近いアンニャン市では、やはりデザインによる街おこしを試みる『DNA』というプロジェクトが進行中だ。4月から6月にかけては連続レクチャーが、この秋にはワークショップやシンポジウムも行われる。プロジェクト名は「Design Network Asia」の頭文字を取ったそうで、アジア・デザインシーンの結節点のひとつになるという意志が窺われる。逆に言えば、ネットワークなしには、いかなる表現活動も、グローバリゼーションの時代に将来性を見込むことはできないということだろう。

このような事例を思い起こしていくと、こうした動きと無関係に「アジアのハブに」と言いつのるのは、ドンキホーテ的な行為なのではないかと思えてくる。同時に思い出したのは、この春に『GEISAI』のスカウト審査員を担当した際の感想だ。若いアーティストたちにオリジナリティがほとんどないことをあらためて確認したのだが、それは予めわかっていたことだからかまわない。もったいないと思ったのは、すでに外国の作家がつくっているものを、それをまったく知らぬままになぞっているケースが多かったことだ。知らないのだからもちろんパクリではないが、「オリジナル」を追求したいというのであれば、あるいは、大きな「シーン」の中に自分の位置を築いていこうとするのであれば、単純に時間の無駄である。まずは他人が何をやっているかを知った上で自分がやることを決めないと、自己満足に終わってしまう。外に出る、あるいは外にもっと目を向けなければ。
シンポジウムや「デザインによる街おこし」でも、事情はまったく同じだと思う。外に向かって自らを開き、他者と交わること。現代におけるオリジナリティはそこから始まる。予算の制約があるからむずかしいかもしれないが、シンポジウムには、なるべく海外からの参加者を呼ぶように提案しようと考えている。(2006.5.25)
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。