COLUMN

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Out of Tokyo

133:「交流年」の意義
小崎哲哉
Date: February 23, 2006

2005-06年にかけての「日本におけるドイツ」が終わろうとしている。1年間のあいだ、文化、芸術、経済、科学、スポーツなど、数多くのイベントが開催された。同様の催しは、先進諸国間で広く行われている。政治的あるいは経済的な裏事情も多少はあるだろうが、国際交流によって2国間の親睦を深め、相互理解を増すことが主な目的だろう。ちなみにこの年度は「日韓友情年」「ダイナミック・スイス」「日・EU市民交流年」でもあったが、パブリシティが不足気味だったせいか、一般にはあまり知られなかったようで残念だ。

 

某国の文化芸術関連機関で広報を担当している女性が、あるとき冗談めかして、「私たちはスパイみたいなものだから」と言ったことがある。これはあながち冗談ではなくて、というよりもほとんど真実だろう。言語教育を筆頭に、他国における文化広報活動は、紛れもなく自国を利するための情報宣伝活動であり、もっと言えば「文化侵略」だ。ただしこれは(一部のナショナリストはいやがるかもしれないが)、多様性を重んじる相対文化主義的視点から言えば、非常に歓迎すべき「侵略」である。

 

この連載では食べ物の譬えが多くて恐縮するけれど、やはりこれも、料理に見立てるとわかりやすい。東京を始め、先進国の大都市では各国料理を楽しむことができ、しかもそれがローカルフードに影響を与えてなかなか美味しいフュージョン系料理が生まれることがある。それに似ている。もちろん、ステレオタイプの料理やインチキなニセモノがはびこる場合もあるが、基本的には誰にも迷惑がかからない楽しい現象だ。文化芸術活動の場合、地元に根づいた料理店とは違って本国から「来る」ケースが多いので、一過性の恨みがある半面、インチキ度はほとんどないのがまたうれしい。

 

さらに、アーティストインレジデンスのように「侵略先」に滞在して何かをつくる場合や、国を超えたコラボレーションが行われる場合などでは、その土地の歴史や風土や人に影響され、作品が変わることがある。ローカルフードの側ではなく、ビジターである料理人のほうが、訪れた土地によってつくる料理を変えるのだ。2国の料理人が腕を競い合うような場合では、国の違いを超えて不思議な共通点と相違点が生じることも大いにありうる。

 

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その典型例が、例えばいま森美術館で開催中の『東京—ベルリン/ベルリン—東京』展だ。ベルリンで先に開催された展覧会が巡回してきたものだが、洋の東西を超えて、微妙に共通点を持つ両都市の歴史的特性が、美術作品のみならず、建築やデザイン、時事的な写真などでも強調されている。フルクサス運動を通じて両都市にゆかりがあり、最近亡くなったナムジュン・パイクが、1984年に東京の草月ホールで、ヨーゼフ・ボイスとともに行った伝説的パフォーマンスの記録ビデオなどもあり、歴史ある都市の底力が感じられる。

 

森美術館のスタッフによると、数千点に上る展示候補の中から、470点ほどを厳選したという。「ドイツ側と日本側とで、観たいもの/観せたいものが違う」から調整には時間がかかったらしいが、少なくとも日本側(東京の展示)はうまく行ったのではないか。個人的には、岸田劉生のある作品が、『麗子像』とはまったく異なる作風で、初めて観たこともあり意表を衝かれた。ちょっとわかりにくい場所にあるので、探してみて下さい。

 

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もうひとつ、現在開催中のイベントから例を挙げると、スウェーデン系ドイツ人、ヨーク・ガイスマールの『Lost in Berlin / Lost in Tokyo』(@A.R.T.)が面白い(森美術館の展覧会とは無関係)。ベルリンやニューヨークに長く暮らし、現在は東京に滞在中のガイスマールは、写真や映像を用いたインスタレーションにより、大都市、とりわけ東京での生活で自らが感じた違和感を具体的かつ象徴的に示している。作家によれば、他の都市と異なる東京の特徴は「ノンコミュニケーション」。この印象・分析が正しいかどうかは、会場の空間的特性を活かした構成と、ある意味で受動的な参加型映像作品を観て、各人が判断してほしい。1階入口脇のガラス窓から、地下の展示に至るまで、観客の動線にも細心の注意が払われている。長く伸びる、しかしところどころカットされた赤い糸が印象的だ。


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今年からは「日豪交流年」が始まる。横浜で開催された『オーストラリア - 日本 ダンスエクスチェンジ』は、不覚にも風邪を引いて1日しか行けなかったけれど、幕開けのイベントとして、なかなか意欲的だったと思う。何よりも、黒田育世率いるBATIKと、オーストラリアのカンパニーDANCE NORTH/SPLINTER GROUPの共演など、両国の表現者によるコラボレーションがあるのがいい。

 

ちなみに僕はいま、オーストラリア政府の招聘で同国のカルチャーシーンをリサーチしている。メルボルンに着く直前の2/18-19には、『ダンスエクスチェンジ』で来日したChunky Moveのスタジオで、矢内原美邦+高橋啓祐(Off NIbroll)とジョー・ロイドによる『Public=Un+Public』の公演が行われて好評を博したと聞いた。昨年、横浜のBankART1929で上演された作品の巡回だが、こうした「交流」がもっと増えると楽しい。(2006.2.23)

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。