COLUMN

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Out of Tokyo

131:『描く』を科学する
小崎哲哉
Date: January 26, 2006

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藤幡研が制作中のロボットの模型

「人はなぜ絵を描くのか?」。ひとことではおよそ答えられそうにない難問を解くべく、壮大な研究が緒に就きはじめていることが明らかになった。1月19日、代官山のヒルサイドプラザホールで、『『描く』を科学する』というシンポジウムが開かれ、8時間あまりかけて、首都圏の4大学が約1年前に始めた共同研究の途中経過が報告されたのである。

 

旗振り役の藤幡正樹東京藝術大学教授によれば、このプロジェクトでは「特に美術の分野におけるデジタルメディアの可能性を、表層的な利便性ではなく、より根源的な技術と表現の問題としてとらえた上で、まず絵画に着目した」。そして研究の過程で、絵画よりも「人間の描画行為そのものをより深く理解する必要があることがわかってきた」が、それは「絵を描くという行為は、言語能力獲得以前の認識・象徴化能力であり、シンボルのやりとりによるコミュニケーション」であるからだという。


池内研が制作した描画ロボット

第1部では、各研究のこれまでの成果がプレゼンされた。東京大学池内克史研究室の「ロボットによる描画行為のシミュレーション」では、ロボットに筆をどう持たせるかから始めなければならないということが示され、早くも道のりの長さが思いやられた。素人目に面白かったのは東京工業大学と藝大が行っている「油絵描画のシミュレーション」。筆、キャンバス、油絵具などの画材が光学や流体力学などによって解析され、モデル化、モジュール化される。例えば絵具の質感は、(もちろんバーチュアルな)油絵具の粘性と溶き油の量をパラメータとして調整し、一方で表面反射と内部拡散反射を計算することによって、驚くほどリアルなものとなっている。そのバーチュアルな絵具が、やはりバーチュアルな筆に乗って、これもバーチュアルなキャンバス上に、すらすらと線を描いてゆく。プレゼンターの齋藤豪東工大助教授は「多様なストロークは現行の技術ではむずかしい」と述べたが、CGアニメの筆が翻るたびに、色の厚みやタッチは如実に変化するように見えた。


岩田誠

岡崎乾二郎
関口敦仁
藤幡正樹

第2部ではまず、藤幡の「まとめ」と、岩田誠東京女子医科大学教授の「脳から見た絵画」、アーティストで美術評論家の岡崎乾二郎の「絵画とは何か?」という個別レクチャーが行われた。「『階段を下りる裸体』のデュシャンは動きの認知を、点描のスーラは色彩認知を、キュービズムのピカソは形態認知を、『花咲くリンゴの木』のモンドリアンは空間認知をそれぞれ強調している。すなわち19世紀末以降の絵画は、視覚認知の単一モジュールを強調または排除する『脳絵画』である」という岩田説を筆頭にいずれも刺激的だったが、続いての三者によるパネルディスカッションは、いささかならず話題が拡散し、散漫な印象が残った。岡崎は国語学者、時枝誠記の言語過程説に、藤幡は人工知能の研究者にしてコンピューター開発者、アラン・チューリングの模倣ゲームに関する論議に触れたが、限られた時間内にそんな議論が収束するはずもない。とはいえそれはテーマの巨大さゆえのことであり、むしろ出発点としては当然のことだったろう。

 

聴衆の中に、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)教授でもあるアーティストの関口敦仁がいて、実作者ならではの建設的な質問や意見を放っていた。曰く「最終的にはRGBなどによる『色』の再現をしたいのか、絵具そのもの再現か」「マネは緑とピンク、ボナールは黄と紫、セザンヌやゴッホは茶と青を混ぜてグレイをつくった。それぞれ、質感がまったく違う」「作家が実際に描くときには、平面性と構図との関係で輪郭線を決めている。内側の線と外側の線は違う」……。工学畑の人々は、いずれも熱心に耳を傾け、「参考になる」と繰り返していた。その関口にシンポジウムを聞き終えての感想を聞いた。

 

「絵を描いていく上で必要となる工学的データは、これまで体系化されていません。そこに明確に焦点を当てられるという意味では重要なプロジェクトだと思います。IAMASが参加していないのは東京から遠いからだろうけど(笑)、僕はメディア表現研究科にいるので、このテーマに言及する立場にある。これをきっかけに、学内でもこういった研究のステータスが上がるといいですね。もちろん、アーティストとして、工学者への分析データの提供は惜しまずにできます」

 

第1回目とあって、パネリストも聴衆もほとんど美術系と工学系に限られていた。藤幡は自らのレクチャーにおいて、認知科学、認知心理、発達心理、神経心理学、脳科学などの諸分野とのコラボレーションの必要性を訴えていたが、言語学や哲学、さらには映像や音楽や文学など隣接する表現分野との協働も必須だろう。幼児に日々接している幼稚園の先生方や、関口や岡崎や藤幡のようなプロの作家も、もっともっと参加するといいのではないか。真に学際的な体制で臨まなければ実現がおぼつかない大テーマであるだけに、今後多くの人々が関わってゆくことを期待したい。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。