COLUMN

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Out of Tokyo

127:広州トリエンナーレ
小崎哲哉
Date: November 24, 2005
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ホウ・ハンルゥ(侯瀚如)

第2回広州トリエンナーレは、国際的なインディペンデントキュレーター、ホウ・ハンルゥ(侯瀚如)を芸術監督に迎え、11月18日に開幕した(2006/1/15まで)。地元のゴ・シャオヤン(郭曉彦)に加え、盟友ハンス・ウルリッヒ・オブリストがホウとともにキュレーションを担当している。ふたりが1990年代に企画し、その後少しずつ変容しながら世界各地を巡回している『Cities on the Move』の延長線上にある展覧会と見なすことができるだろう。

 

『Cities on the Move』は、現代の都市空間における諸問題を、アートと建築というふたつの切り口を組み合わせることによって、鮮やかに浮かび上がらせることに成功した試みである。今回のトリエンナーレと同様、グループショーであるがゆえに個々の作品の当たり外れはあるが、企画コンセプトは圧倒的に今日的であり、おそらくはあと10年以上有効であり続けるに違いない。「Beyond」と題する今回のトリエンナーレは、ホウの生まれ故郷である中国第3の大都市に、同じ視点を導入したという点できわめて意義深い。


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左から、スラシ・クソンウォン、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト、クー・ジュンガ、ダン・グラハム
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ダグ・エイケンは『New Sexual City』と題する「映画ポスター」を出展
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ヤン・ジェンジョン(楊振忠)の『Carry the Happiness to the End』

過去数年の間に中国を訪れた人ならわかるだろうが、「近代化」が史上最も急速に進んでいるのがこの巨大国家の都市部である。欧米が150年、日本が100年かけた近代化を、上海や北京や広州は、たった10年の間に成し遂げ、勢いが止まらぬまま、ある面では他国を追い抜こうとしている。その結果、環境破壊や貧富の差の拡大など、社会的なひずみも恐ろしい速度と規模で増長している。あれだけの人口がある国だから、その影響は全地球規模に及ぶだろうし、すでに及びはじめている。

 

ホウたちが注目したのは、まさにその事実にほかならない。レム・コールハースやチャン・ユンホ(張永和)ら建築家と国内外のアーティストは、例外なく都市と都市化という問題に取り組んでいる。私見では、最も先鋭的かつ象徴的だったのはツァオ・フェイ(曹斐)が作・演出したミュージカル『珠三角梟雄傳』(PRD Anti-Heroes)だった。ツァオは1978年広州生まれ。今年の福岡アジア美術トリエンナーレにも参加した女性作家である。


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ヤン・ヨン(楊勇)の写真インスタレーションの前で記念写真を撮る観客

「珠三角」とは、広東省から香港へかけて流れる大河「珠江」のデルタ地帯を指す。「真珠の川」という美しい名前とは裏腹に、広州を含むこの地域には汚泥のように問題が堆積しはじめている。投機的な資本の流入、農民の都市への移住とそれに伴う人口肥大、計画性ある、あるいは無計画な都市開発……。ツァオはその事実と中国の開放政策を背景に、この地域に移り住み、あるいは以前から暮らす人々の生活を、思い切り戯画的に描き出す。役者陣は学生劇団がベースだから演技は生硬だが、広東語ラップのテンポがよい。

 

魚屋や普通のOLがいる。公安(警察官)もいれば、身体障害に苦しむ乞食もいる。相も変わらず工場で酷使される工員や女工もいれば、彼らを搾取する悪徳資本家もいる。資本家と親しい日本人ビジネスマンがいる。不倫に憧れる主婦がいる。子供の父親が誰ともわからないシングルマザーがいる。カミングアウトしたゲイの青年がいる。いずれもエリートとは言いがたいが、日々の暮らしに関してぶつぶつ文句をこぼしつつ、それでも明るく生きている。芸術監督のホウは、公演パンフレットに次のような緒言を寄せている。


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『珠三角梟雄傳』
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ツァオ・フェイ(曹斐)

「この作品は、毛沢東の『人民、ただ人民だけが歴史創造の真の駆動力である』という言葉を思い起こさせる。だが問題は、現実生活を生きている人民の歴史が、いつ真の歴史になりうるかということだ。言い換えれば、歴史を創造してきた真の英雄は誰なのか?」

 

ツァオ自身は「前言」に以下のような一節を記している。「私たちは、珠三角の今日的地政学の現実と過去の歴史を、新しく独自な形でコラージュすべく努め、地域開発者のコントロールを超えた速度で流動する社会の現実を学ぶことができました。また、別の順序で進みゆく発展も描こうと努めたのです」

 

ここに描かれているのは、珠三角という固有の土地の固有の現実である。と同時に、地球上の人が住むすべての土地に通用する構造的・普遍的なケーススタディモデルでもある。グローバリゼーションの到来とともに、僕たちは未曾有の「急激な都市化の時代」に生きはじめているからだ。誰もがその運命を逃れられないからだ。

 

80年代以降、フィクションやドキュメンタリーにおける流行だった「近未来」というテーマとビジョンが、いまや「近過去」に取って代わられたと言うこともできるだろう。1時間半の演劇の中に、中国の過去10年、日本の過去100年、欧米の過去150年が凝縮して詰め込まれている。未来の廃墟を描いた『ブレードランナー』の時代は過ぎ去り、世界は広州とともに、そしてホウやオブリストやツァオらとともに、近過去を振り返る時代に突入した。そんなことを考えさせられる展覧会であり、パフォーマンスだった。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。