
まずは前回の続きというか事後報告から。飴屋法水は無事に「生還」した。8月21日(日)午後9時、予定通り箱から出てきた飴屋は、意外に元気そうに見えた。後で体重を量ったところ8kgほど痩せていたそうだが、何と当夜は北京ダックで打ち上げをやったとのこと。超人的な精神力、そして体力(&消化力?)と言うしかない。9月、10月に発売される文芸誌『新潮』(10、11月号)に、椹木野衣が展覧会についての論考を発表するそうである。

さて、その前週のことだから、もう3週間ほど前のことになるが、水戸芸術館に出かけてきた。『日比野克彦の一人万博』展(9.19まで)の関連企画、『Hotel Hibino×agnes b.』に招待されたのだ。たった二晩だけ、一晩に20人ずつの招待客が美術館で一夜を過ごす。美術館の中に宿泊するというアイディアは、すでに小沢剛の『相談芸術ホテル』(2001年、東京オペラシティアートギャラリー『わたしの家はあなたの家、あなたの家はわたしの家』展)などで試みられているが、カプセルホテルを持ち込んだ小沢案とはかなり趣が違う(と思う)。パーティやワークショップを体験し、日比野がデザインし、アニエスベーが制作したパジャマやシーツなどをおみやげとして頂戴できるという、なかなか贅沢なイベントだ。

段ボールを用いた作品で知られる日比野らしく、ベッドも段ボール製だった。いくつかのパーツをマジックテープで貼り合わせ、結束テープで補強すると、人ひとりが横になれるスペースが10分ほどでできあがる。上部にはカーテンが取り付けられるようになっているから、プライバシーも確保できる。紙だから耐水性はないだろうが、バラしておけば場所は取らないし、大量生産すれば単価は下がるだろう。被災地の避難所などでマジに需要があるんじゃないかと思った。
僕が参加した晩には、漫画家のしりあがり寿、料理家のケンタロウ、カフェ「Office」や「Sign」、ホテルクラスカなどを手がけるプランナーの中村貞裕の各氏らが招かれていた。前夜には女優の室井滋も来たそうだ。日比野の幅広い交友関係を反映したものだろうが、オープニングなど、美術館でふだん会う顔ぶれとはだいぶ異なる印象である。アニエスベーがサポートしているだけあって、カジュアルだがおしゃれと言えばよいか。肝心の展示はと言えば、80年代と最近の段ボール作品が併置され、初期のものの完成度の高さに唸らされた。「こんなものまで」というような題材に楽しげに挑んでいて、とても瑞々しい。


日比野は有名作家ではあるが、アート界での評価は分かれている。20代で華々しくデビューしたときには、嫉妬もあってか、「あれはアートではない。イラストだ」と公然と言われたものだ。実際、最初の大きな受賞は、82年の「日本グラフィック展大賞」だった。その後も一貫して、デザイン畑での仕事のほうが目立っている。公式サイトの肩書きは「アーティスト」となっているが、本人はどうでもいいと思っているのではないか。
それよりも気になるのは、水戸芸術館現代美術ギャラリー/現代美術センターの方向性である。1990年開館の同館は、90年代にはクリスチャン・ボルタンスキー、クリスト、ロバート・メイプルソープ、ジェニー・ホルツァー、ジェームズ・タレル、ダニエル・ビュラン、ジェフ・ウォール……と、バリバリの現代美術、ハイアート志向だった(磯崎新の建築とあって、ときおり建築展はあった)。それが昨秋から、『まほちゃんち』『アーキグラムの実験建築 1961-1974』『造形集団 海洋堂の軌跡』、そして今回の日比野展と続いている。

『まほちゃんち』は中国雑貨の収集で知られる島尾伸三、潮田登久子の写真家夫妻と、その娘である人気漫画家、しまおまほの一家による展覧会。自身、小説も書く伸三の父は『死の棘』を書いた文豪、島尾敏雄であり、雑貨とともに文学的匂いも漂う展示だった。『アーキグラム』展は、表題通り英国の建築家グループの活動を一望する建築とグラフィックの展示。『海洋堂』展は、プラスティックモデルからスタートし、食玩やガレージキットの第一人者となったメーカーの展示。こうしてみると現代美術プロパーの展示はひとつもなく、サブカルチャーへの傾き、それが言い過ぎなら、脱ハイアート志向が強く感じられる。RTの窪田研二、馬場正尊両氏のコラムに綴られているように、『水戸Rプロジェクト』なんていう企画も、美術館が中心となって試みられている。
2年前に森美術館が、昨年には(遠いとはいえ空路2時間以内の)金沢21世紀美術館が開館し、首都圏の現代美術館状況は一気に激戦区化している。「うちは3館の内でいちばんバジェットがないですからね」と窪田学芸員は冗談交じりに語るが、予算をやりくりしながら、果敢に、冒険的に、他館と違う方向性を探っていくということだろう。10/1から始まる次回展は『X-COLOR/グラフィティ in Japan』。グラフィティ展を公立美術館で開催することの是非も含め、要注目である。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。