
P-Houseが活動を再開したというので、六本木のテレビ朝日通り沿いにできた新スペースに出かけてみた。P-Houseは1990年代の半ばに渋谷でギャラリーとしてオープンし、ほどなくして恵比寿に移転。2000年頃まで、カフェを併設したギャラリーで小谷元彦、立花ハジメらの個展や、さまざまなパフォーマンスを開催し、いまから見ればある種のオルタナティブスペース的機能を果たしていた特異なカルチャースポットだった。新スペースのこけら落としは『ア ヤ ズ エキシビション バ ング ント展』。空きスペースを補うと、おそらくは『アメヤノリミズ エキシビション バニシングポイント展』となるのだろうが、これは間違いなく今年いちばんの問題作(展)だ(8/21まで)。http://www.phouse-web.com/


ビルの地下2階にあるギャラリーはかなり広く、壁の白さと相まって精密機器の工場を連想させる。階段を下りると、真っ先に目に入るのはやはり真っ白な、1辺が2メートルほどの立方体だ。一見なんの変哲もないこの箱の中には、しかし驚くべきものが入っている。展覧会の主役たるアーティスト、飴屋法水その人が、全24日間の会期中、一度も外に出ることなく、閉じこもっているのだ。
会場にある説明書きによれば、箱の「中身」は以下の通り。「ア ヤ ズ/換気用ファン2.5w 1台/ミネラルウォーター 1日2リットル×24日分/食塩 100g/黒砂糖 300g/マルチビタミン 90g/経腸栄養剤 エンシュア・リキッド 1日1缶(250kcal)×24日分+予備として12缶/タオルケット 4枚/Tシャツ 6枚/パンツ 6枚/ジャージ上下 1着/タオル 6枚/90リットルゴミ用ポリ容器 2個/90リットルゴミ袋 6枚/排便用バケツ 1個/排便用ビニール袋 24枚/尿取りパッド 1日4個×24日分/小便及びゴミ用ジップロック 1日6枚×24日分/消毒用エタノール500ml 1本/ウエットティッシュ 3箱/ティッシュ 24箱/耳栓 1組/爪切り 1個/ドライバー 1本/ガムテープ 1個」


外部とのコミュニケーションはノックだけで、声を出すことはしないという。箱を「コツコツ」とノックすると、即座に、あるいはややあって「コツコツ」と返事が戻ってくる。ギャラリーには必ずスタッフが泊まり込んでいるが、夜の間も言葉を交わすことはない。僕が行ったのは初日から数えて12日目で、スタッフの方によれば「いまのところは元気だと思いますよ」とのことだった。それにしても、持ち込んだ「経腸栄養剤」、すなわち流動食は1日あたりわずか250kcalである。黒砂糖を足しても成人が普通必要とする1800〜2500kcalには遠く及ばないだろう。
タイトルの『バニシングポイント』(消失点)から想像されるように、テーマは「消失/消滅」にちがいない。この試みからすぐに連想されるのは、仏僧が自ら望んで地中の穴に入り、瞑想状態のまま入滅するいわゆる「即身仏」である。古い漫画ファンであれば、主人公が真っ暗な密室に閉じこもるシーンのある、真崎守の『キバの紋章』(1972)を思い出すかもしれない。展覧会名や、音楽家の大友良英とともに展覧会に参加した椹木野衣の、ところどころ文字が欠落しているテキストからは、物語の進行に伴って50音がひとつずつ消えてゆく筒井康隆の小説『残像に口紅を』(89)も想起される。異能・異形のピアニスト、ヴァレリー・アファナシェフによる、HIV感染をテーマとした、文字通り『消失(La Disparition)』(83)と題する小説もあった。

78年に唐十郎の状況劇場に参加し、84年に東京グランギニョルを結成。80年代後半の三上晴子とのコラボレーションなどを経て、90年代以降は体液や菌を用いたアート作品を発表し、その後ペットショップを始めて稀少動物の売買を行ってきた飴屋は、一貫して生と身体性にこだわっている。P-Houseのウェブサイトに飴屋自身が記した文章は、9.11による世界貿易センタービルの消失がこの展示のきっかけのひとつとなったように読めるが、実際には作家自身の内部の奥深くに、制作の動機と分かちがたく結びついた本能的欲求、あるいは探求心が、はるか以前から根ざしていたのではないか。上にはいくつか例を記したが、この時代にあってこのテーマに正面から向き合った芸術作品や表現行為は極めて少ない。今週末の、無事の「生還」を祈っている。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。