

東京藝大(上野)で伊藤俊治と菊地成孔の対談があるというので、勇んで聴きに行った(7/2)。「誰そのふたり?」と首をかしげる向きがいる一方、「片方だけは知っている」と言う人もいるかもしれない。「なんというミスマッチ」と思う人も、「それは面白い」と手を叩く人もありうるだろう。ひとことで言えば前者は美術史家にして藝大教授、後者は音楽家にして文筆家だ。
伊藤はいわゆるニューアカデミズム世代で、主に20世紀の視覚芸術やメディア文化を論じている。ICCの立ち上げや多摩美術大学の再編にも関わり、数年前から藝大美術学部先端芸術表現科教授を務める。バリ島の文化や、ドラッグカルチャーやテクノロジーなどに関しても一家言あり、「美術史家」とひとことでくくるわけにはいかない。現在準備中の次作は『陶酔論』(仮)だというから、ボードレールからベンヤミンを経てバロウズに至るまでの(あるいはさらに幅広い)「陶酔の歴史」が博覧強記の文体で綴られるに違いない。

菊地は現在42歳のサキソフォニストにして作詞作曲編曲家。22歳のときに山下洋輔に抜擢され、その後、デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデンやスパンクハッピーといった特異なバンドを主宰する。最近はPepe Torment Azucararを結成し、洗練と通俗のぎりぎりの狭間をすり抜けるような「ラテンジャズ」を演奏。また、小説やエッセイをものし、東大や映画美学校などで音楽に関する講義を行い、服飾批評も書き、かなりの美食家でもある。7/3にはTBSの『情熱大陸』で特集が組まれたから、ご覧になった方も多いだろう。

一見接点のなさそうなふたりだが、実は伊藤の初期の著作『裸体の森へ』(1985)が、菊地の愛読書だったという。「僕の歴史観は、20世紀のポルノグラフィ史を概括したこの本によって完成した。誇張ではなく100回以上読んだ」と菊地は言い、持参した文庫本に、著者にサインまでさせていた(笑)。
トークのテーマは「21世紀のエキゾティシズム/エロティシズム」。音楽家が、ジャケをブエノスアイレスで撮影した近作『南米のエリザベス・テイラー』を引き合いに出しつつ、「ポストコロニアリズム的な妄想」について語ると、美術史家はヘルツォークの怪作『フィッツカラルド』の断片を見せ、ヨーロッパ的なオペラハウスをアマゾンの奥地に建てようとした男の狂気について解説する。前者が、「僕の生まれ育ったのは港町の歓楽街。すでに消滅したその故郷と異郷がまだら状となり、いわば『失われた故郷としてのエキゾティシズム』という思いを音楽に込めている」と述べると、後者が「実は僕も秋田の港町生まれ。20世紀的な『旅と他者』というテーマ、あるいはエドゥアール・グリッサン的な『流浪と全体性の思考』といったものを菊地さんの音楽から感じる」と受ける。

その他、ベルトルッチの『ラスト・タンゴ・イン・パリ』に見る「タンゴの儀式性とエロティシズム」(伊藤)や、パリコレのランバンのショーに見る「モデルの足動と音楽の律動のズレが生み出すエロティシズム」(菊地)などへの言及があった。学生がどれほど内容を理解したかはわからないが、2時間半に及ぶ「特別講義」は400名近い聴衆を相当に満足させて終わったと思う。
僕は、菊地が「と」のクリエイターであると思っている。今回の講義など、その典型例ではないか。もちろんトンデモ本の「と学会」とは何の関係もなくて(笑)、接続詞の「と」、何か異質なものをつなぎ合わせるジョイントとしての「と」だ。アルバムタイトルや著書名を見ると、『南米のエリザベス・テイラー』とか、『スペインの宇宙食』とか、『東京大学のアルバート・アイラー』と「の」ばかりのようだが、「の」の前後に並べられる名詞は、並列に驚かされる組み合わせばかりだ。ロートレアモンの「解剖台の上のミシンとコウモリ傘の偶然の出会い」じゃないけれど、シュルレアリスティックと言ってもよい。
言葉の選び方ばかりではなく、菊地は異種格闘技をおそれず、自らそれを求めるタイプの表現者だと思う。異なるジャンルの表現者との協働に、どんどん挑戦してもらいたい音楽家だ。質疑応答の際に、「僕は都市音楽しかやらない」と明言したが、擬似共同体でしかない現代の大都市において、都市音楽とはすなわち、異種を統合しようとして決して果たされない、だからこそ普遍的な音楽にほかならない。その際に通底するのは、誰もが故郷を失っている、という現代的な事実だろう。僕たちは、「故郷喪失者」という共通性によってのみ共同体を形成しうる、という逆説的な時代・場所に生きている。
渋谷のパルコ前という好立地に生まれるトーキョーワンダーサイト渋谷のオープニングイベントで、菊地はダンサー/コレオグラファーの金森穣(Noism主宰)と対談する(7/24。モデレーターは筆者)。対談がコラボレーションとしていずれ結実するかどうかはもちろんわからないが、とりあえずは「出会い」に期待したい。菊地「と」金森。現在の日本における最も先鋭的なクリエイターふたりは、どのような異種格闘技を演じてくれるだろうか。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。