

5月の最後の日曜日に、東京湾内の人工島、城南島に足を運んだ。キャンプ場や人工海浜で知られているが、建物といえばおよそ工場しか見当たらない。浜松町から羽田空港行きモノレールに乗り、流通センター駅で降りてさらにバスに乗り継ぐ。休日とあってそのバスが1時間に1本しかなく、歩くと小一時間はかかりそうなのでタクシーに乗る羽目になった。目的地はリサイクル工場。ただし工場見学ではなく、そこで行われる美術展を観に行ったのだ。(『Variation on a Silence—リサイクル工場の現代芸術』5/13-29)




役割を終えた、廃墟と化す寸前の工場ではない。4月末に竣工し、7月から本格稼働するバリバリの現役、もとい現役前のピッカピカの施設である。羽田が近いとあって、上空には頻繁に飛行機が飛ぶ。海は目の前で、5月だというのに日差しは強い。そんな環境の中で、機能美としか言いようのないかたちの工場は、未来的な光を放っていた。稼働にはまだ少し間があるから機械は運び入れられていない。その代わりに、この場所に合わせた、あるいは材を採った意欲的なアート作品が、広い空間と拮抗するように展示されていた。
まずは2階の回廊に上がり、パーティションで仕切られた近藤一弥のインスタレーション『飛ぶ男』の中に入ってゆく。照明を落とした空間内に十数段の階段があり、下りてゆくと前と左右の3面スクリーンに誰かの書斎の映像が映っている。おそろしく旧式のワードプロセッサーが目に飛び込んでくる。脇にはヒトの骨格模型がぶら下がっている。書棚には『科学事典』など。気がつく人はそこで気がつくだろうが、1993年に亡くなった小説家、安部公房その人の書斎である。スクリーンの手前、空間の中央に置かれたテーブル上のモニターには、猛スピードでテキストが打ち込まれ、仮名漢字変換されるワープロ画面が映し出される。近藤が作品名として選んだ安部の遺作『飛ぶ男』のテキストに違いない。




続いて正面のスクリーンに、やはり猛スピードでモノクロの写真が映し出される。ワープロやシンセサイザーや4WDなど、メカ好きで知られた安部自身は、もちろん写真もよくし、都市をテーマとしたフォトエッセイを『芸術新潮』に連載したこともある。当然ながらそれは全集にも収録されているが、その全集の装丁を担当し、編集にも関わっていたのが近藤なのだ。一昨年に世田谷文学館で開かれた『安部公房展』にも、やはり『飛ぶ男』のテキストと安部の写真を用いたビデオインスタレーションを出展したという(僕は観ていない)。映像はそれと同じものかもしれないが、池田亮司の音楽と組み合わせ、さらにインタラクティブな仕掛も施したこの作品は、やはり「工場」によく似合っていると思った。池田の無機的で重厚な音楽は、安部と工場に当て書きしたかのようにはまっていた。
14分の映像+音体験に圧倒されてパーティションの外に出ると、710.beppoの『0.7 tons for music』が待っていた。工業用バイブレーターを仕込んだ鉄板の上に観客を載せ、強烈な振動を体感させる作品。特に頭部が強く揺さぶられるから、窓枠などが細かく震えて見え、ちょっとしたトリップ感が味わえる。作家(vokoiと古舘健)によれば、「これでもフル振動の半分」だとか。フルに動かすと立っていられないし、何よりも隣の展示のDVDが飛んでしまうそうだ。ちなみに古舘は、サインウェーブオーケストラの一員でもある。


3階に上がると、刀根康尚の音響作品『遠心的パラメディア』、ポル・マロの発泡スチロールを用いたインスタレーション『ミラーズ』、クリスチャン・マークレーのラップトップやモニターや携帯電話やフォークリフト(!)を用いたオブジェ作品4点、平倉圭の映像作品『テキスト、山、準—部分』がゆとりをもって並べられている。マークレー作品の一部と平倉作品は、表面上、ストレートに工場の映像を用いているが、それも含めて「リサイクル」や「工場」そのものがテーマとは言えないだろう。とはいえ、バランスのよいある種の「つかず離れず」感があって、ほぼすべての作品が、この場所であるからこそ成立しているという印象を受ける。優れてサイトスペシフィックな展覧会だった。
展覧会を企画したsetenvの入江拓也によれば、会場となった工場を経営する(株)リーテムの懐が深く、「テーマはエコロジーやリサイクルにこだわらない」という方針を快く受け入れてくれたという。工場の設計を担当した建築家、坂牛卓も、企画に積極的に関わってくれた。工場が稼働しはじめると、もはや展覧会を開くわけにはいかなくなるが、マークレー作品のひとつは、リーテムが購入して工場内に常設される可能性があるともいう。こういうかたちの「期間限定アート展」が、もっともっと開かれるとよいと思う。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。