

(NYKではありません)
ニブロールの振付家、矢内原美邦と映像担当の高橋啓祐による新ユニット「Off Nibroll」が新作を制作中と聞いて、横浜のBankART Studio NYKに行ってみた。あいにく高橋は不在だったが、共同制作に当たっている振付家兼ダンサーのジョー・ロイドがいて、作品が生み出される過程を垣間見させてもらった(ついでに、階下で開催中の『安楽寺えみ写真展』も観てきた。文学的とも呼べるようなエロティックな作品で、家具を用いたインスタレーションも含め、なかなか力強い。5/15まで)。
BankART Studio NYKは、北野武と黒沢清の教授就任で話題となった東京芸大大学院映像研究科の新設に伴い、運営主体のBankART 1929が、BankART 1929馬車道とバーターで手に入れた施設である。日本郵船の倉庫だった建物を改修し、1階と2階の約1600平米を展示スペース、スタジオ、カフェなどとして使っている。みなとみらい線馬車道駅から徒歩4分、海に面し、赤レンガ倉庫が対岸に見える気持ちのよいロケーション。BankART 1929馬車道のほぼ倍の面積となったこともあり、業界では「交換して大正解」と評する声が高い。

第5スタジオにて
奥行きが15メートルほどある細長いスタジオで、ふたりはダンスともマイムともつかない動きを繰り返していた。ひと月ほどのメルボルン滞在から帰ってきたばかりだそうだが、時差がほとんどないのが幸いしてか、元気そうに見えた。試行錯誤の結果をいちいちビデオで確かめつつ、音楽もないままに、稽古は淡々と進んでゆく。新作は『public = un + public』という不思議なタイトルで、5月にBankART 1929 Yokohamaで初演された後、ニューヨークとメルボルンに巡回することが決まっている。

メルボルンでは、トップカンパニーのチャンキー・ムーブも使っているダンスハウスで練習していたという。BankART Studio NYKと同じくらい広いそうだが、意外なことに、それくらい大きなスタジオは、オーストラリアでもなかなかないとのこと。「ここ(BankART Studio NYK)は素晴らしい。実際に上演する場所(BankART 1929 Yokohama)と近いし、スタッフもとてもサポーティブ」とロイド。矢内原が「ダンスだけじゃなくて、壁が白いから、映像も撮りやすいし映しやすい」と受ける。それはまあ、「映像を多用するニブロールにとっては」ということかもしれないが、駅から数分という立地や、元倉庫ゆえの天井の高さ、広さなどを考えると、相当に恵まれた制作環境といえるだろう。
一昨年の地方自治法改正に伴い、公の施設の管理運営が民間に委ねられる「指定管理者制度」が本格化している。そんな中で、横浜市内の歴史的建造物で文化活動を行うBankART 1929は、ビジュアルアートとパフォーミングアーツの二本立て、さらにBankARTスクールなどの教育活動などで「成功例」と呼んでもよいような実績を上げている。「Out of Tokyo 082」に書いたとおり、横浜市からの予算は決して潤沢ではない。だが運営スタッフの尽力によって、魅力的なプログラムが並んでいる。

岡崎松恵館長によれば、「今回の公演では、PRの費用やスタッフ&キャストへの謝礼など公演フィーはカバーしていますが、アーティストも招聘やプロダクションフィーを資金調達してくれました。日本と海外のアーティストが新作をつくるとき、作品創作の場や経費の確保はどうしても必要で、そういったことを考えてできたのが、1カ月半にわたるスタジオ〜公開制作〜展示・公演というプログラムなんです」とのこと。今回の「Off Nibroll」もそうだが、好立地で好設備の上演場所が確保されていれば、プロダクションフィーを調達するのは、他の施設に比べて楽なのではないか。もちろん、全体的に見れば苦しい状況に変わりはないだろうが、ある種の好循環が生まれているように見える。
演劇やダンスのカンパニーにとって、稽古場の確保は大問題だ。東京都では、築地市場内にある程度の大きさを持ったスタジオを開設する予定があったが、諸事情で延期になったという。BankART 1929は発足から2年、つまりあと1年ほどの時限プロジェクトで、その後どうなるかは現時点では未定である。できれば続けてもらいたい、と思うのはカンパニーやアーティストばかりではないだろう。好い稽古場があってこそ好い作品が生まれるのであり、それは制作サイドだけではなく、観客にとっても喜ばしいことなのだから。
『public = un + public』は、5月14日(土)から29日(日)まで、BankART 1929 Yokohamaで上演される(14日から19日までは公開稽古。20日から29日までが映像展示とダンス公演)。矢内原は「反戦デモのときに拳を突き上げるpublicの手も、部屋でお茶を飲むときにカップを支えるprivateの手も、同じ『私』の手。洋服の表地と裏地の違いのような関係性を、身体で表現してみたい」と語る。「裏」で発想され、練り上げられ、完成された作品を「表」で観る、表現作品の隠喩とも受け取れる。その意味でBankARTは、公開稽古も行うという上演形態も含め、格好の制作/上演会場かもしれない。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。