
年末のスマトラ沖大地震・大津波のニュースには驚愕した。東アフリカの4カ国を含め、インドネシアを筆頭に総計15万人を越すという犠牲者の数には慄然とするほかない。謹んでご冥福をお祈りします。
被災した多くのアジア諸国ではカルチャーどころではないだろうが、昨年11月に刊行されたアジア文化に関するガイドブックについて書いてみたい。厳密に言えば3年前に刊行され、以前にこの欄でも紹介した書物の改訂版である。『オルタナティヴス—アジアのアートスペースガイド2005』という題名だ。
タイトル通りの本と言ってよい。オーストラリアも入っているから正確には「アジアとオセアニアの」だろうが、16の国と地域から、オルタナティブスペースを中心に170のアートスペースを選んで紹介している。施設/組織名、住所、電話、ファクス、email、URL、アクセス、代表者名、開館時間、設立年、運営母体、施設概要、活動内容などが記され、場合によっては短いコメントが付く。国あるいは地域ごとにまとめられ、それぞれの冒頭には各地の専門家による解説が掲載されている。完全な和英バイリンガルで、専門家にも一般の美術愛好家にも役立ちそうだ。
スタイルは第一版とほぼ同じだが、情報量は格段に増えている。活動内容などは現状に即して書きあらためられている。アジアに限らず、各国の文化状況は年々変わっているのだから、当然の措置だと言えるだろう。何よりもありがたいのは、書店でもウェブ上でも購入できる点だ。改訂版は国際交流基金と淡交社の共同出版だが、第一版のときには基金の単独出版で、基金に行かなければ買えなかった。
僕は3年前のコラムで「一般の流通に乗っていないのはもったいない」と書き、前回のコラムでは基金の広報が不足がちであることを批判したけれど、その構造・体質が少しずつ変わってきているということだろう。音と音の伝わり方に関する僕の好きな逸話に、こういうものがある。無人の密林の奥深いところで巨木が倒れる。そのときどんな音がするだろうか? 「無人」というのがポイントだ。聴く耳がなければ、音は存在しない。それと同じで、一般の耳に届かないもの、一般の目に触れないものは、文化イベントであろうと書物であろうと、このメディア社会においては存在しないも同然だと思う。そのために広報と流通が大切なことは繰り返すまでもない。
ところで、ある業界関係者から、基金の所轄官庁である外務省が、この本を不快に思っているという話を聞いた。「オルタナティブスペースなんていうわけのわからないものを取り上げるとは何事か。なぜ美術館を取り上げないのか」と言った人物がいるという。本当だとしたら、アジアにおいてのみならず、現代の世界において新しいアートがどのような場所で、どのようなかたちで誕生するのかを知らない、つまりは現場を知らない者の暴論といってよい。いくら何でも、そんな物わかりの悪い文化官僚がいないことを祈りたい。
『ART iT』第5号にあたる韓国特集号に、僕は以下のような文章を書いた。「アジアは熱い。面白い。だがアジアはお互いを知らない。それではもったいない」。アジアがお互いを知るために、このような書物が果たす役割は非常に大きいと思う。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。