COLUMN

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Out of Tokyo

102:戦術的美術館
小崎哲哉
Date: December 09, 2004
Roger McDonald

先週末、日本のアート界に激震が走った。来年秋に予定されている横浜トリエンナーレ2005のディレクター、建築家の磯崎新が、辞任するかもしれないと語ったというのである。震源地は、ほかならぬ磯崎が出席したシンポジウムだが、『ヨコハマ経済新聞』が何だかよくわからない曖昧な記事を配信した以外、僕の知る限りニュースはほとんど報じられていない。唯一明快に「辞意を表明」と記したのは、後述するロジャー・マクドナルドのブログサイトだけだった。

 

12/4に行われたシンポジウムは、多摩美術大学芸術学科の建畠晢ゼミが主催したもので、磯崎のほか、岡部あおみ(武蔵野美術大学教授)、北川フラム(越後妻有アートトリエンナーレ総合ディレクター)、南條史生(森美術館副館長)、長谷川祐子(金沢21世紀美術館学芸課長)がパネリストという豪華版だった。美術評論家の岡部を除くと、現代日本を代表するキュレーターが勢揃いしたと言ってよい。ちょうど『ART iT』の入稿準備で忙しかったのと、会場が横浜のBankART 1929と遠かったので行くのを見合わせたのだが、行けばよかった。当然ながら、会場は一時騒然とし、議論も白熱したという。

 

現場に居合わせた知人・友人・関係者の話を総合すると、磯崎はまず、各国の財団に援助を申請し、複数の建築家にパビリオンを建てさせ、財団・建築家・アーティストの三者が協働して作品をつくってゆくという自案を説明した。ところが現状では、アーティストの準備が整わず(必要な資金も調達できず)このプランは実現できそうにないという。そこで次善の策として、トリエンナーレ自体を1年延期することを主張した。会場にいた市の担当者は、即座に「延期はありえない」と発言したという。

 

第1回横浜トリエンナーレは、2001年の開催である。「トリエンナーレ」とは「3年に1度開催」というのが語義だから、来年開催できたとしても「横浜オリンピック」というのが正しい。というのは冗談だが、ともあれさらに1年延期するという提案を、横浜市が飲めるわけはない。その後、磯崎は来年開催可能な代替案を説明し、現状で市から明確な回答がないことを暴露。その上で、「この案を横浜市が飲めないのなら辞任する」と表明したというのである。

 

磯崎のプランが、いわばキュレーターを排除するものであり、プレゼンテーションに続いて行われた討論で、磯崎が「今日、キュレーターが持つ権力は強すぎるし、自我を満足させているだけだ」と発言したこともあって、場は紛糾した。客席にいた某若手フリーキュレーターは「現場の学芸員がどれだか地道な仕事をしているかご存じないでしょう」と反発したという。この例でわかるとおり、現場はアート業界関係者が多く、おおむね磯崎に批判的であったようだ。あるベテランキュレーターは、「現在のアートフェスティバルは大手商業画廊を排するところから始まっているのに、磯崎さんのプランだと、資金力のある財団や基金しか参加できないことになる。アート界の歴史と実情をまったくわかっていないのでは?」と呆れていた。

 

来年開催されるとして、残り1年を切っている。どちらが悪いにせよ、この時期にこんな醜態をさらすなんて、と主催者たる横浜市と国際交流基金、そしてNHKと朝日新聞を非難する関係者は少なくない。一方、まさにこの時期に、しかも一私立美大が主催したイベントで内情を暴露するのはなぜか、と磯崎の意図をあれこれ忖度する向きもある。それにしても、NHKや朝日も含め、ニュースが表に出ないのはなぜだろう。トリエンナーレの公式サイトに至っては、いまだにトップページの「新着情報」が「ディレクターが決定しました」である。7月9日付のニュースだが、それから更新されてないらしい。

 

Tactical Museum

そんな中にあって、最近オープンしたばかりのロジャーのブログサイトは頼もしい存在だ。ロジャーは在東京、日英混血のインディペンデントキュレーターで、キュレーション、教育プログラム、レジデンスプログラムなどを行うNPO、A.I.T.(アーツイニシアティヴトウキョウ)の創設メンバーだ。A.I.T.については、詳しいレポートが現在発売中の『ART iT』に載っているからぜひ読んでいただきたい。アートのみならず、東京と日本のカルチャーシーンを活性化させる貴重な集団である。

 

サイトの名は『Tactical Museum』(戦術的美術館)。英語だけだが、上述のようなニュースや、アート&音楽のレビュー、インタビュー、フォトアルバム、さらには食の情報までもが掲載されている。フットワークが軽くて見る目が確かなロジャーのことだから、情報は鮮度もセンスもよく、東京の「リアル」がひしひしと伝わってくる。街は動いている。アートもカルチャーも動いている。つかまえるには自分も動くしかない。磯崎さんも横浜市も国際交流基金も、こういうサイトに毎日アクセスすれば、少しは感度が磨けるのにね。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。