
特別連載「東京をリデザインする」が完結した。もとになったのは桑沢デザイン研究所同窓会が主催する「桑沢デザイン塾」の同名企画。僕がモデレーターとなり、以下の5氏と話した内容をまとめたものだ。建築家のマーク・ダイサム、建築家で編集者の馬場正尊、アート書店NADiff代表の芦野公昭、巨大掲示板『2ちゃんねる』管理人の「ひろゆき」こと西村博之、プランニングディレクターで「働き方研究家」を自称する西村佳哲。示唆に富む各氏の発言は、ぜひ直接読んでいただきたい。





冒頭で僕は「議論の出発点」となる「仮説」を示した。「異人、異物、異文化」が「リデザイン」を促しているのではないか、という仮説である。「ただし」と僕は付け加えている。「僕はこの仮説は間違っていると思っています。あえて間違った仮説から出発したいんです。もちろん、間違っているということ自体も仮説なので、5回の話が終わると、実は正しかったということになるかもしれません」。けれども面白いトークイベントの常で、仮説が正しかったか間違っていたかを検証・解説することなく、時間切れとなってしまった。以下、簡単だがとりあえずの総括を書いておきたい。
まず「異人、異物、異文化」についてだが、これはもちろんゲストスピーカー自身、そして彼らが東京にもたらしている「もの」と「こと」を指している。ダイサム氏は英国人だから文字通り「異人」だが、ことはそれほど単純ではない。既存の制度とは異なる何物かをもたらしているからこそ氏は異人なのであり、その何物かが異物と異文化である。東京という街の見方、古い文化や新しい技術との付き合い方、スタッフに年齢による序列を付けないこと、仕事に楽しみとユーモアを欠かさず持ち込むことなどなど、現代日本の、あるいは東洋の仕事観、人生観とはだいぶ異なる。
同じことはそれ以外の4氏にも言える。馬場氏は米国西海岸や東海岸のコンバージョン物件を実地に見て回り、スクラップ&ビルドという因習的な建築観と正反対の価値観を持ち込もうとしている。芦野氏は青年時代にパリのラ・ユンヌ書店で体験した感動が忘れられず、1970年代半ばに日本初の本格的アート書店を開設した。ひろゆき氏は米国留学時代に「ヒマだったから」自らプログラムを書き、既成のメディアとはまったく異なる匿名の自律的メディアを創造した。西村氏は世界中を駆け回って自然音や都市の音を集める一方、インターネット自身をコンテンツとして見るという新しい見方を示している。
5人が5人とも、既成の価値観、社会システムとは違うものを考案し、創出し、導入しようとしている。それらのヒントは異国や異文化に発している場合が多く、その意味で彼らは「異人」の役割を担っているように見える。明治維新の際には、お雇い外国人がもたらした西洋の文物により、「脱亜入欧」「文明開化」「富国強兵」が進んだ。百数十年が経過したいまも、その構造は変わっていないように思える。結局のところ東京は、日本は、外圧によってしか変わり得ない。だとすれば、僕の仮説は正しかったことになる。

だが、「そうではない」とあえて言いたい。明治維新以前、すなわち200年以上続いた鎖国時代に、日本は独自のライフスタイルを育て、完成させた。「異」を求めようとしても物理的に国境が閉ざされ、ごくわずかな例外以外に人はおろか情報の行き来もない状態では、社会には「同」しかありえない。逆に言えば、長いあいだ自己完結していた閉じた共同体は、開国などの非常時に外から来たものは、何であれ「異」と見なすだろう。この場合において、良し悪しは別として「同」と「異」は対等の存在であり、だからこそ「異」を「異」と呼びうる。その意味で、日本の近代は明らかに「異」がつくりあげた。
それに対し、現代日本は物理的には閉じていない。だが、ほとんど迷信のような心理的な壁が、真に重要な情報の流通を妨げている。そんな中で上述の人々が「異」と見えるのは、社会の多数派の心理が百数十年前と変わっていないからだ。実際には多数派のほうが世界の常識の中では「異」であり、実は少数派なのだ。ところで「世界」とは本来、この国も含まれているはずの領域である。だとすればこの二分法こそが、そもそも無効なのだ。
9.11以来、ジョージ・W・ブッシュとその取り巻きは、世界を「abroad」もしくは「overseas」と「here at home」に二分し、「here at home」を守ることに全力を傾注すると何度も宣言している。そこには自分たちの閉ざされた共同体のみを「同」と、それ以外を「異」と見なす偏狭な世界観しかない。我々が米国大統領選の結果を憂うとすれば、同様の世界観に陥ってはならないだろう。多様な価値を認め合うことこそが、いまや「同」である時代に、非ブッシュ的世界は入っているのだ。(2004.11.11)
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。