COLUMN

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Out of Tokyo

095:記憶のためのアート
小崎哲哉
Date: September 02, 2004
光州ビエンナーレ会場 | REALTOKYO
光州ビエンナーレ会場

『ART iT』韓国特集のために、釜山、ソウル、そして光州を訪ねた。釜山ビエンナーレでは8月21日にコンテンポラリーアートセクションの展示が始まり、オープニングセレモニーを取材した。光州ビエンナーレは9月9日に開幕するのだが、この日に行くのでは締切に間に合わないので、涙を飲んで事前取材で我慢した。詳しくは10月16日発売号をご覧いただきたい。

 

光州には12時間しか滞在しなかったが、取材の合間を縫って、郊外にある望月洞に足を運んだ。1980年5月18日、当時の軍事独裁政権に抗して民主化運動に立ち上がり、戒厳部隊に虐殺された学生たちが葬られた墓地である。87年に民主化闘争が再燃し、事件の全貌が明らかになるまでは、少なくとも154名に上るとされる死者を始め、運動に携わった光州市民はすべて、国家への「反逆者」と位置づけられていた。文民政府が成立し、立派な「国立5・18墓地」が造られたのは97年のことである。「反逆者」は名誉を回復し、「英霊」として全員の遺体が新墓地に移された。広大な敷地にはモニュメントや写真資料展示館が建てられ、後者では相当むごたらしいものも含め、当時の写真や映像が公開されている。いまでは、観光客や小中学生が訪れる新名所だ。

 

ぴっかぴかの新墓地だが、ここに違和感を覚える光州人は少なくない。新しすぎて、歴史が感じられないと言うのである。僭越だが、その気持ちはわかるような気がする。7月にブーヘンヴァルトに行った際にも、死者への思いが強く浮かんだのはモニュメントの前ではなく、荒れ果てた強制収容所跡でのほうだった。広島でも平和記念資料館の再現ジオラマより、太田川の川面を見るほうが胸に去来するものは大きい。人間の想像力は、そのようにできているのだろう。

 

grafの豊嶋秀樹氏と都築氏 | REALTOKYO
キム・ミンジュン氏

光州ビエンナーレは国際的祭典らしく、海外作家を多数招いている。少数派の韓国人作家のひとりに、光州人だが現在はミラノ在住のキム・ミンジュンがいたので話を聞いた。1980年5月、彼女はまさに光州にいて、事件に立ち会った。だが何もできず、5年後に生地を離れると、その後19年間戻ることはなかった。いま故郷で開催されるアートフェスに招かれ、自分に何ができるかを考え、ビエンナーレ会場への来館者に、自らの作品を持ち帰ってもらうというコンセプトの作品をつくることにしたという。「光州の人々にこそ、私の思いを伝えたい」と彼女は言った。

 

Minjung Kim, Void in Fullness ∞ | REALTOKYO
Minjung Kim, Void in Fullness ∞, 2001
Minjung Kim | REALTOKYO

その「思い」が、本当に観客に届くものであるかどうかは僕にはわからない。「手前勝手な考え方で自己満足的だ」という批判もあるかもしれない。だが、何かをしなくてはならない、という切実な思いは、彼女の表情から十分に伝わってきた。強制収容所から生還したユダヤ人たちに取材した、クロード・ランズマンのドキュメンタリー映画『ショアー』に見られるように、生き延びた者は、生き延びたという事実ゆえに、死者に対する拭い去りようのない罪障感を、一生の間持ち続けるのではないだろうか。

 

率直に言えば、キム・ミンジュンの作品はぼくの好きなタイプのものではなかった。けれども、彼女の作品があるおかげで、「光州」ビエンナーレの意義は保証されるような気がした。歴史に根ざした、真の意味でサイトスペシフィックな作品をつくること。グローバリゼーションの時代であるからこそ、それが大切だと思う。

付記:様々なメディア報道でご存じだと思うが、洋書を中心とした取次会社「洋販」の支援により、青山ブックセンターが経営を再開することとなった。よかった! ところで朝日新聞社刊行の雑誌『一冊の本』(2004年9月号)の連載で、作家の金井美恵子が以下のような文章を書いている。「(出版社の編集者や文学者が、ABCの存続と再建を求めたEメールの署名活動を行い、その)要請文は、幸福の手紙のように私のところにも来て、(中略)親しい編集者は、裁判所の破産申告を署名活動でどうにかすることが出来るのか、と、メールを出したところ返信なし、と伝えてきたことを記しておくことにする。(中略)署名運動はようするに本屋を愛する「善意」と「良心」を示すためのものだったのだろうか」。僕も同じ趣旨のメールを出したのだが、やはり呼びかけ人からの返事はなかったことを記しておく。この連載の12回目にも書いたけれど、署名運動を過信してはならないだろう。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。