

【 承前 】
担当学芸員の天野によれば、事態は次のように進んだという。
「4月か5月くらいに、図録に載せる予定の作家(高嶺)のテキストを添えて、DVDを館長に見せたんです。まあ、いつもの手続きというか、普通の経過で、館長もそのときには『わかった』と。ただ、事前に作家とも話し合い、上映に関しては制限が必要だろうということになりました。常時流しっぱなしにするんじゃなくて、上映時間を決める。ある程度の年齢制限もする。局部が映っているからうんぬんじゃなくて、作品の理解が、小学生はもちろん、中高生でもキツイかも、という判断からです」
「ところが驚いたことに、館長が役人に相談してしまった。役人と言っても、美術館の管理部門に派遣されている連中ですが、これがそもそもの間違いだった。役人は自分で判断しないし、できないでしょう。だから市の人権擁護関係のセクションとか、県の青少年保護課とか、そんなところにお伺いを立てに行ったんです。ここまでは僕も、まあしゃあないかと思っていましたが、青少年保護課の担当が『私見だが、これは猥褻性があるんじゃないか』と言いだした。そこで次は警察に行ったというわけです。うちの役人が何と説明したか僕にはわかりませんが、作品も見ないで、警察は『猥褻性が高い』と判断した」

「うちの財団(横浜市芸術文化振興財団)の理事長も、DVDを見もしないで『やめましょう』と言った。4月から財団の専務理事になった加藤種男さん(アサヒビール芸術文化財団事務局長)が『こんな作品を見せられないようじゃ美術館じゃない』と言ってだいぶがんばってくれたけど、結局はダメでしたね。高嶺さんは美術館が困っていると知って、別バージョンをつくることを提案してくれましたが、その時点ではもう手遅れだった。それに、あの作品をいじってくれるな、という思いもありましたね。とにかく今回は、相談しちゃいけない人間に相談したのが間違いです。(公開中止は)人権擁護団体から圧力があったからという噂ですか? それはまったくありません。そんなことがあったら、木村さんが出ていって『オレがいい言うてる』と言うはずです(笑)」
「だいぶがんばった」加藤は言葉少なだ。「明らかに美術館側の失策ですね。よい作品だし、見せるべきだった。これが(美術館の)改革のきっかけになればいいんだが……」
天野に一方的に批判された雪山行二館長にも質問してみた。

館長の判断ミスだという批判がありますが。
「おっしゃるとおりで反省しております。認識が浅かった。ポスターやチラシに(公開すると)載せた不手際も確かにあります」
よい作品であるとは思われましたか。
「意義がある作品だし、展覧会の趣旨にも合うと思いました。公開したかったですね」
だったら警察などに尋ねずに、そのまま公開するという道もあったのでは?
「スカイ・ザ・バスハウスなどで公開されたということは承知しています。小さな画廊で上映するときには特に問題ないんでしょうが、当美術館のように公的な機関では、司法上の関係を考えねば判断はたいへんです」
昨今の流れを見ると問題視されない可能性も高いし、法廷闘争をやったとしても勝てそうな気がします。問題提起という意味も含めて、あえて戦おうという覚悟は持たれなかったのですか。
「組織として戦うには、内部のコンセンサスが取れなかったのです。戦うだけの用意も策もなかった」
観客への説明は、記者会見で発表し、ウェブサイトに「法に触れる恐れがある」と短い文章を出されただけですね。不十分ではないでしょうか。
「たしかに、あまり広報しておりません。すべきだと思うが……考えておりますが、う〜ん、具体的にどうするかねえ……」
今後どのようにすれば、こうした作品が公開できると思いますか。
「おそらくは、画廊でやれば何でもないんでしょうね。これを機会に、皆さんも考えていただければと思います」
回答への感想はあえて述べない。最後に、作家・高嶺自身の声を記しておく。
「射精のシーンが引っかかるのなら、そこだけ抜いてもいいやくらいには思っていました。でも、そういうことじゃなかった。法に触れると言っていますが、性器のことなど法には書いてないんです。そういう意味では、判断は個々に任されているわけだし、上映できる可能性は十分あるのに、それを美術館自ら摘み取ってしまった形です。言葉だけでこの作品のことを聞いた人は、誤解してしまうんです。猥褻かどうかは、判断すべき人(通常なら館長でしょう)が自分の目で見て判断して、その判断を他人に説得していく、という段取りを踏むべき、それが美術館でしょう? 美術館が警察に相談するなんて馬鹿な話は、聞いたこともありません」
11月にサンディエゴ美術館で始まる巡回展のオープニングでパフォーマンスを行う予定はあるが、国内での公開はいまのところ決まっていないという。心ある美術館が公開してくれることを切に願う。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。